『ばんそーこ』


『疲れた……』
『あー、お前も大変だなw』
『あぁ…』

死神である冬獅郎が、任務で現世に来ていたある日。
なんだかんだと理由を付けてはあちらこちらへ遊びにでてしまい言うこと全く
聞かない部下とその愉快な仲間達をまとめる冬獅郎の苦労は相当なものだ。
ただでさえ死神の仕事というものは大変だというのに、遊び半分で現世へ来ている
他の連中ときたら…
まぁ、いざとなれば役に立つ以上の働きはしてくれるのだが。

たまには息抜きをと一護は学校が休みの週末、冬獅郎を誘って散歩にでた。
だが、日頃の任務で疲れのたまっている冬獅郎なので、遠出は出来ず
近所をうろうろするだけだった。
しばらくふらふらと目的もなく歩いていたが、久しぶりのよい天気で気温も高めだったのもあってか、一護は少し汗ばむくらいに身体があったまっていた。
冬獅郎も同じだったようで、一護を見上げ、

『一護ー のど渇いたんだけど…』
『だなー』
『あそこにあんの自動販売機とかいうやつか?あれで飲みもん買えるんだろ?』
『オレ買ってくるよ!お前何がいい?』
『なんでもいーよ…てきとー』
『なんだよ…じゃてきとーに買ってくっから』

一護は自販機まで走ると、ペプシとぶどうジュースを一つづつ買って冬獅郎のもとへ戻る。
ぶどうジュースは、以前冬獅郎を家に呼んだ時、飲ませたたら喜んでいたようだ
ったから選んだ。

『ほれ、どっちがいい?』

二つの缶ジュースを冬獅郎の方へ差し出すと、迷うこと無くぶどうジュースを選んだ。
(かわいいやつ…)
内心そんなことを思いつつ、一護は自分の手元に残ったペプシを開ける。

二人のすぐそばにはさほど広くない公園があった。
ぶどうジュースを片手に公園を覗いた冬獅郎は、日が注ぐベンチを見て、
そこに座りたいと言い出した。
しばらく歩きっ放しだったし、一休みにはうってつけの場所だったので、一護は
それに答えつつペプシを一気に半分程空ける。

相当疲れているらしい冬獅郎は歩くのもふらふらしていて、一護はゆっくり家でくつろいでいた方が良かったかと少し後悔した。
でも、散歩に出たいと言い出したのは冬獅郎なのでだまってついて来たのだが、
傍目にみて分かる程ふらついているので少々不安になった矢先、大きく冬獅郎の身体が傾いて、つんのめりそうになった。
なんとか踏ん張ったが、体制を整えた冬獅郎はどこのベンチに座ろうかと視線を彷徨わせながら歩いているので、危なっかしくて仕方ない。
思わず一護は注意せずにはいられず、小さな背中に向かって声をかける。

『冬獅郎!前見て歩け!』
『わかってるって!そんな言われなくて……うわっ!』

振り返りながら一護に文句を浴びせようとした冬獅郎の足下に転がってた空き缶。
冬獅郎は足を踏み出しながら振り返ってしまったせいで、それに気づかずに勢い良く缶を踏んでしまい思いきりバランスをくずして前のめりに倒れた。

『ってー!』
『だ、大丈夫か?冬獅郎?』
『なんともねぇよ』
『おま!足擦りむいてるぞ!血ぃ出てる!』
『へーきだってこんくらい……ほっときゃ治るだろ。いちいちうるせぇよ』
『だめだ!ばい菌入ったらどーすんだ!』
『どーもしねーよ!子供じゃあるまいし…』
『ちょっとここ座ってろ!ばんそうこ買ってくっから!いいか!動くなよ!』
『あ、おい!いいって!』

まるで小さな子供に言い聞かせるようにまくしたてた一護は、冬獅郎の制止も聞かずに公園を飛び出して行ってしまった。

『なんなんだよ…こんくらいなんでもねーっての…ったく』

一人取り残された冬獅郎は、手近なベンチに腰掛け、足をぶらぶらさせながら
ぶつぶつと一護の文句を言っていたが、しばらくして擦りむいた膝がじんじんと
痛くなって来た。

『ちっ…』

別にたいしたことは無いのだが、少し流れ出ている血が気になるし、缶を踏んづけてコロンでしまった自分が情けなくてイライラして来た。
気を紛らわそうときょろきょろ視線を動かしながら、

(そういえばジュース…どこやったっけ)

更に周りを見渡すと少し離れたところに転がるまだ一口も飲んでないぶどう
ジュースの缶が転がっていて、中身はすっかり地面へ流れ出て紫色の水たまりが
できていた。

(あーあ……ちぇ…のどかわいた!)

仕方ないので水でも飲もうかと思い、水飲み場を目だけで探す。
その時隣のベンチに一護が置いて行った飲みかけのペプシの缶が視界に入った。
炭酸は一度飲んでみたことはあったが、あまりの衝撃にびっくりして一口で投げ出したことがある。
松本にはしこたま笑われたものだが、あんなもの飲み物としてどうなのか…と
冬獅郎は思っていた。
口の中で泡がはじけるし、のどは痛くなるしでもう飲むものかと思っていたのだったが、のどが乾いて買ったはずのジュースはこぼしてしまったし、水飲み場は無いようだ。
更にいろいろなことに腹を立てたせいで、とんでもなくのどが乾いていた。

(………)

隣のベンチに移動して、そっとペプシの缶を手に取って、しばらくじっと見つめた後におそるおそる一口飲んでみる。

『っ……くぁー…!』

開けてからしばらく経つので少し炭酸は抜けているはずだったが、炭酸の苦手な
冬獅郎には十分すぎる刺激だった。

喉がぴりぴりして涙がにじんでくる。
一通り衝撃が抜けると、乱暴にペプシの缶をベンチに戻し、悪態をつく。

『こんなん飲めねぇ!あー早く一護戻ってこねえかな…ちくしょー…』

一護が戻ったら絶対もう一回ジュース買いに行かせてやろうと誓い、ベンチに
両手ついて空を見上げる。
雲一つないキレイな青空が広がっていた。
せっかくの良い天気なのにいいことが全くなくて、こんなに澄んだ空を見ているのにため息が出た。
吸い込まれそうな大空をただじーっと見上げていた冬獅郎の耳に、遠くから慌てたような足音が聞こえて来た。
冬獅郎は上を向いていた顔を、足音の方へ向け『遅い…』と声に出さずに口の中で呟いた。

『冬獅郎ー!』

息を切らせ、ベンチで待つ拗ねた小さな恋人の元へ急いで戻ってきた一護。
すっかり待ちくたびれていた冬獅郎は息を整えようと、膝に手を当て激しく呼吸を繰り返している一護に、今度は声に出して不満をぶつけた。

『遅い!もう待ちくたびれた!』
『ごめん!そこのコンビニなくてさあっちの薬局まで行ってきたんだ!待たせてごめんな?』

勝手に転んで怪我をしたのは自分なのに、勝手に不満を言っているだけの自分に
なんで一護が謝るんだよ…とバツが悪くなってしまい、冬獅郎はうつむく。
そんな冬獅郎の様子に気づかず、一護はビニール袋から消毒液やら、ばんそうこを取り出し、ポケットからティッシュを出して、消毒液をしみ込ませている。
冬獅郎は俯きながらその一挙一動をじっと見つめ、

『別にいらないのに……』
『いいから足だせ!』

お前の意見なんか聞かないと言わんばかりの剣幕で、詰め寄る一護。
まだ何か言いかけようとした冬獅郎だったが、仕方なく一護の方へ足を向ける。
一護は冬獅郎の細い足を自分の方に引き寄せ、汚れないように靴と靴下を脱がせた。
されるがままになりながら冬獅郎は『だから半ズボンなんて嫌だったんだ…』などとぶつぶつ言っている。
一護にしてみれば可愛らしい冬獅郎の足が丸見えの半ズボンは大歓迎。
別に一護が履いてくれと頼んだ訳ではないのだが、どうやらご機嫌斜めの恋人は今は何にでも当たり散らしたいようだ。

消毒液のたっぷりしみ込んだティッシュを冬獅郎の膝に持って行きながら

『しみるかもしんないけど…』

と一応言っておく。
ちょっとやそっと痛いくらいでは冬獅郎は別に何ともないだろうが、子供そのものの身体付きや目の前の小さな膝を見ていると、何かと注意してやらずにはおれない一護だった。
一護の言葉に多少冬獅郎は身構えたようだった。

『……っ』

思い切ってティッシュを当てると、一瞬びくっと膝がこわばったが、それほどしみることは無かったらしく、すぐに力は抜けた。
丹念に傷口を消毒し、もう一度消毒液をつけて拭い直した。
そして直ぐさま用意していた少し大きめのばんそうこを冬獅郎の膝に貼った。

『これでよし!』

ティッシュや、ばんそうこのゴミをまとめながら一護が満足気に言った。

『痛くないか?』
『いたくねぇよ!オレは死神だぞ!バカにすんな!』

全くまだご機嫌はよろしくないらしい。
自分が買いものに言ってる間になんかあったのかと一護は思ったが、そうでもないみたいだ。

『死神だって痛いもんは痛いだろーが』
『お前と一緒にすんな!』
『ほら!おんぶしてやろっか?』

からかうように言ってやると、耳まで可愛らしく染めた冬獅郎は語気を荒げて言い返してくる。

『ばばばばか!一人で歩ける!』
『だよな ははっ ほら!帰ろうぜ!』

いつもはもっとしつこくおんぶだのだっこだの言ってくる一護が、今日はいやに
あっさりとひき下がって帰ろうと言い出した

(……)
なんか肩すかしくらったみたいで固まってしまう冬獅郎。
もっといろいろ悪態をついてやろうと思っていたのに。

『なんだよ!歩けんだろ?行くぞ冬獅郎』

と言うと、一護はくるりと踵をかえし歩き出そうとする。

『……』

その一護の背中に冬獅郎は急に不安を覚え、朝一護に会ってからというもの、
今日一日中一護にむかって言った文句が頭の中をぐるぐる回り出し始めてしまう。

ほんとは言いたくないのに。
どうして文句ばっかり。
どうしてわがままばっかり言ってしまうんだろう。
そして一護はどうしてそれを全部受け入れてくれるのだろう…。
でもいつか、鬱陶しくなってしまうのではないか、一護に見捨てられてしまうのではないか…。
そんなのはいやだ…。
一護が離れて行くのなんていやだ!

でもどうしていいかわからなくて、俯いて足下を見つめる。
黙ったまま返事もしない、動こうともしない冬獅郎に、一護は不振に思って振り返ると、

『どうした?冬獅郎…?やっぱいたいんか?』

と淡々と聞いてみた。
一瞬肩が震えたように見えた冬獅郎だが顔を上げようともしない。
一護はそのまま立ち止まって、しばらくその小さな肩を見つめていたが、
何かを思いついたように口の端だけを上げて微笑んだ。

(ほんとうに素直じゃないな…甘えたきゃ甘えりゃいいのにな…)

本当は大好きな一護に甘えたくて仕方ない冬獅郎。
だがプライドが高く、甘えることに慣れていないこの子供は、どうやって好きな人に甘えていいか分からず、反対に悪態ばかりついて後悔してしまうのだ。

そんな愛しくて仕方ない、愛情表現のへたくそな恋人を微笑みながら見つめている一護の姿は俯いている冬獅郎からは見えない。
しばらくそのまま立ち尽くしていた二人だったが、ようやく小さな身体が動いた。
ぎゅっと手を握った冬獅郎は、おずおずと顔をあげ口を開いた。

『い……いちご!』
『ん?』
『あ…あし…い…いたくて』
『うん』
『あ……歩けね…ぇ……』
『うん』
『あ…の…』

たどたどし伝えようとする冬獅郎の前に近づき、一護はしゃがんで顔を覗き込む。
一護が近づいてきたことによって、また黙ってしまった恋人に一護は促すように声をかける。

『冬獅郎?はっきりいえよ』
『……』

とてつもなく優しい目で冬獅郎を見つめながら、一護はきゅっと結ばれた小さな口から紡ぎ出される言葉を待った。

『……んぶ…』
『聞こえねーぞ?』
『…おんぶしてっ!』

ほとんど叫びながら一護を睨みつければ、満面の笑みで見つめ返してくる一護の視線とぶつかった。

(…やられた……�<br>
すっかり一護の思うつぼだった。
一護からすれば、こうでもしないとちゃんと甘えてくれない冬獅郎のためにと思っているのだが、当の本人からしてみれば、はめられたという感じでとても悔しい。

『ほら こいよ!』
『ばか!』
『お前がおんぶしてって言ったんだろ?』

冬獅郎に背を向けて顔だけを後ろに向けてにやりと笑う一護。
顔を真っ赤にしながら言い返す言葉の出ない冬獅郎はぶるぶると拳をふるわせているだけだ。

『もういい!歩く!』
『うはは、ごめんごめん!ちょっとからかいたくなったんだって!
お前があんまり言うこと気かねぇし素直じゃないからさ?』
『……う…』

素直じゃないと言われ、またしても言葉を失う冬獅郎。
『はぁ…』とため息をついて、観念したように一護の背中によじ登る。
一護はそのまま立ち上がり、体勢を整えると歩き出そうと足を踏み出した。

『あ…一護、お前のジュースおきっぱだ』

一護の飲みかけのペプシはベンチに置いたままだった。

『あ!忘れてた!もう炭酸抜けちゃってるだろ?お前飲んでみれば?』

言いながら一護はペプシを取りあげ、背中の冬獅郎へ渡す。
言われてコクンと一口飲んでみた。
甘ったるい、なんだか薬のような変な味がした。

『なんか…変なあじ…』
『炭酸抜けちまうと不味いんだよな』
『よくこんなののめんな…』
『だから炭酸入ってりゃうまいんだよ』
『そーかぁ?だってあんなんのみもんじゃねぇじゃん』
『お前にはまだ早いって』
『うるせ…!それよりジュース欲しい!』
『あぁお前すっ転んだ時にこぼしたんだな…』

帰りに買うよって言いながら、転がっていたまんまになっていた冬獅郎が一口も飲んでいないブドウジュースの缶を拾い、すっかり炭酸の飛んでしまったペプシは一護が飲み干し、二つの缶をゴミ箱へ捨てて、一護は歩き出した。

最初は一護の背中にしがみつくようにしていた冬獅郎。
一護の服をぎゅっと握りしめしばらく考え込んでいたが、
そっと一護の首に手をまわした。
息を吸い込み、思い切って先ほどから言おうとしていたことを伝える。

『ごめん……一護…』
『冬獅郎?』
『オレ……あの…』

立ち止まった一護が首だけ後ろに向けた。

『冬獅郎……』

いいながら優しく微笑む。

『………』

一護の目はさっき見上げた空のように澄んでいて、その目に吸い寄せられる
みたいに冬獅郎の顔が一護の顔へ近づいていった。

初めて冬獅郎は自分からキスをした。

自分の行動に驚いてすぐに離れて恥ずかしそうに一護の背中に顔をうずめる。
そんな可愛らしい恋人の仕草に、一護は満面の笑みで

『帰ったら続きな?』
『……ん』

自分の爆発思想は心臓の音が背中から一護に伝わって行くのが恥ずかしくて、離れようかとも思ったが、普段口では滅多に思いを告げることが出来ないので、このまま心臓の音とともに思いも伝わればいい…と回した腕に力を入れた。

『あ…ジュース買わなきゃな…』
『帰ってからでいい…』
『いいのか?』
『うん…』

家に帰りつくまで少しも離れていたくなかった。
本当は正面から力一杯抱きつきたい。
恥ずかしくてそれはまだ出来そうもないので、せめて今はこのまま一護の背中のぬくもりを感じていたかった。

小さな頬を大きな背中に擦り寄せると、一護は少し笑った気がした。

 

 

 

ばんそうこは萌えアイテムの一つだと信じて疑ってません。