『映画館』(一護、高校生。冬獅郎、園児)

『冬獅郎これいるだろ?』

オレはスクリーン3と大きな文字で書かれた壁の下に積んである、子供用の座布団みたいな、クッションみたいな、ようするに冬獅郎が映画を観るのに絶対必要である上げ底を指差した。

『いらない!』
『…お前みえねーぞ?』

それを目にするや、あっさり必要ないと言い切った。
オレはプイとそっぽを向いた冬獅郎を見下ろし、ため息をついた。
ただでさえ小さいのに平均より更に小さいんだから…とは言わなかったが、必ず必要なはずだ。
後で見えない、と泣かれたくはない。

『いいの!おれもうみえるもん』
『しらねーぞ…?』
『それよりはやくそれくいたい』

だが、ここでけんかする訳にもいかないので、取りあえずは引き下がることにした。
冬獅郎が指指したのはオレが持っているポップコーン。
オレはふつーに塩味が食いたかったんだけど。

『お味はどれにしますか?』

と聞かれ、くいくいとオレの服をひっぱり

『あまいの』

とキラキラした目で言われたら逆らえない。
キャラメルシロップがたっぷりのそれを見せてやると、大きく見開いていた目を細めて嬉しそうだった。

『よしじゃあさっさと中入って座って食おう…ってほんとにお前アレいらないのか?観えなくても知らねーぞ?』
『いい、いらないもん』

頬を膨らませてにらみ上げてくる。
こうなったらもはやこっちの意見なんて聞き入れない。
繋いだ手をひっぱり、オレを先導して劇場の中に入ろうとするが…。

『……う』

暗い劇場に入るのが怖いらしい。
ちょっと様子を伺うように、中を覗き込んでいたりするとこがかわいい。
このままではいつまでたっても中には入れないので、オレは冬獅郎のちっちゃい手を引っ張って暗い場内へ入り、席を探す。
割りと空いていて、席はまだ半分以上空いていた。
真ん中より少し後ろの場所を選んだ。
冬獅郎の首が疲れないように。

椅子を倒して座らせてやると、案の定椅子の背の高さよりもだいぶ頭が下に来る。
普通の椅子でもこいつが座ると社長椅子に見えてくるのがおかしくて、オレは内心笑ってしまった。
オレはスクリーンを指差して冬獅郎に聞いてみた。

『冬獅郎…観えるか?あの白いの全部』
『うん』

即答で肯定されたが、嘘だろう。
既にポップコーンに全神経を集中させている冬獅郎の生返事。
オレは諦め、隣へ座って上着を脱ぎ、冬獅郎の方へポップコーンの容器を傾けてやると、早速可愛い手が伸びてきて両手にいっぱい掴み、一生懸命口に運んでいる。
一気に口の中に入れようと必死だが、小さな口に入りきらない分がぽろぽろこぼれる。
オレは冬獅郎の膝の上にこぼれたそれを拾うのに必死。

『…っけほっ』
『ほらー…一気に食い過ぎだ…ジュース飲め!』

口の中の水分を、全てポップコーンに持って行かれ、冬獅郎は軽くむせている。
ちょっと涙目になりながらジュースを飲む。
そんなとこもまた可愛いのだが。

しばらくすると、場内が暗くなって、様々な映画の予告が始まる。
といっても子供向けのが多いため、オレがチェックすべきものはなかったが。
冬獅郎はと言えば目を輝かせながら、原色のヒーロー、ヒロインが所狭しと動き回る様を食い入るように観ていた。
しかし、やはり小さい冬獅郎。
普通に椅子に座っていては前の座席が邪魔で画面の下の方が観えていないようだ。
右に左に頭を動かしながら、必死に画面をすべて観ようとしているが。
そのうち暗い中でも分かるほど、ふてくされた顔になってきた。
足をぷらぷらさせ、ぷっくりほっぺになっている。
それでも一生懸命スクリーンに食い入っている姿。

『冬獅郎?コレ持ってて』

おれは冬獅郎の耳元で囁く。
画面に夢中になっていた冬獅郎がぱっとオレの方を向いた。

『なに?』
『ほらこれ持って』

オレは持っていたポップコーンの容器を冬獅郎にしっかり持たせ、背中に手を回して抱き上げ、小さな身体を後ろ向きに自分の膝に乗せた。

『いちご?』
『ほうら、これなら観えるだろ?』
『…あ』

ふわっと冬獅郎の顔が明るくなったのは、見なくてもわかる。
頭をなでてやったら、冬獅郎が真上を向いて。

『いちご…』

少し困った顔をして、小さな両手でポップコーンの箱をきゅっと掴んでいる。
言うことを聞かなかったことに反省してるらしい。
めちゃくちゃ可愛い。
そんなことをしているうちに、場内が更に暗くなり、目的の映画が始まるようだ。

『あ…始まるみたいだぞ?それもいっぱい食ってな?』
『いちごもくうの!』
『ありがとな。お!結構うまいじゃん』
『うん』

冬獅郎にかわいくあーんしてもらったポップコーンを頬張りつつ、膝に乗せた冬獅郎をスクリーンに向かせる。
映画が始まり、始めは食べながら観ていた冬獅郎だったが、途中からは映画に没頭して。ポップコーンの容器を抱えたまま没頭し、片手にはポップコーンをいくつか握りしめたまま、瞬きも忘れて見入っていた。
よくありがちな最初はぎゃあぎゃあとギャグの畳み掛けで話は進み、最後はヒーローとその仲間が悪のリーダーと戦い勝利する…といった単純な内容だったが、オレも昔はこんな映画をこうやって観ていたんだろうなと少し懐かしくなった。

映画が終わり、冬獅郎を抱え上げ、いったん隣の座席に戻す。
半分ほど残ったポップコーンは後で一緒に食うことにし、箱を袋へしまった。
キャラメルシロップでべたべたになった手を、お手拭きで拭いてやると、珍しいことにおとなしくされるがままだ。

『面白かったか?お前夢中だったなぁ?』
『うん!』

満面の笑みで頷く冬獅郎。
…まさに天使だな。

劇場から次々と人が出て行く。
子供達は興奮したように親に話しかけ、大人はそれを嬉しそうに眺めていた。

『さ、オレ達も出るぞ。暗いから気をつけてな』
『あ…いちごぉ……』

手をつないで立ち上がろうとした時、可愛い声で呼び止められた。
振り返ってみると、足をもじもじさせて、オレを見上げる冬獅郎。
頭に手をのせ、顔を覗き込んだ。

『ん?』
『…いちご…おひざいたくない?』

どうやら、自分をずっと乗せていたオレの足の心配をしてくれているようだ。
冬獅郎は軽いから、いつまで乗っけていても平気なのだが、乗っていた冬獅郎の方がオレの膝などにお尻が当たって痛かったのかもしれない。

『あ?別に痛くないぞ?お前軽いからな』

といって笑い返してやると、寄せられていた小さな眉がほっとしたようにはなれた。
改めて立ち上がって出ようとしたとき、すぐ横の通路を親子連れが通った。
その父親の手にはチャイルドシートがぶら下げられていた。
それを観た冬獅郎がじっとそれを見たあとに。

『ごめんね…いちご…』

うつむいて小さな声呟くように。

『つぎからおれ、あれつかう…』
『だな。でもそれよりお前早くおっきくならなきゃな!』

そういってオレはくしゃりと冬獅郎のあたまを少し乱暴に撫でた。
きゅっとつむった目を開き、冬獅郎は手をグーにして大きく頷いた。

『お…おぅ!おれおっきくなる!』
『よしよし。じゃあ今日の晩飯は残すなよ?』

一大決心をした冬獅郎。
これで冬獅郎の好き嫌いが少しでも減ってくれたらいいんだけどな……。
なんて期待を込めて冬獅郎の手を握り、劇場を出た。
そして。映画のグッズ売り場を目を皿のようにして眺めている小さな背中をオレは見つめながらちょっとした幸せに浸った。