『遠足1』(一護、幼稚園の先生。冬獅郎、園児)

今日は幼稚園の一大イベントである遠足。
といってもいつも通園で使っているバスに乗って、いつも散歩などで使う近所の公園ではなく少し離れた大きな公園に行ってお弁当を食べる、というもの。
そしてみんなでボール遊びや縄跳びで遊んで、お絵描きをして帰宅。
しかし、普段園内からあまり出ることのない子供達はもちろんだが、先生達も広い公園で息抜きできるとあって、毎年この日を楽しみにしていた。

ここの幼稚園の教諭である一護も例外ではなくこの日を毎年楽しみにしていたのではあるが、今年は少し違った。
春に入園してきた冬獅郎のせいである。
この子は毎朝バスで幼稚園に通う組なのだが、車酔いがひどく、朝迎えに行って幼稚園につく頃にはぐったりしているのだ。
バスで園児達を迎えに行く順番は入園式の日に決めるのだが、冬獅郎は始め一番最初に迎えに行くコースだった。
だがしばらく経って、車酔いがひどく、幼稚園に通うだけで精一杯になってしまった冬獅郎があまりにもかわいそうだということで、ルートを替え、冬獅郎と数人の園児は迎えに行く順番を最後に回し、バスに乗っている時間を最小限にした。
それからは幼稚園に着いてからもぐったりすることもなく、おとなしい…というか周りとは打ち解けないようだったが、気分は悪くないようだった。

冬獅郎はバスが嫌いだ。
気持ちが悪くなるから。
朝、バスで幼稚園に行くのもほんとは好きじゃない。
発進したり、止まったりが気持ち悪い。
曲がり角も嫌だった。
だが、毎朝バスに一護が乗っているから我慢してバスで幼稚園に通う。
一護は冬獅郎を必ず同じ席に乗せてくれて、自分が気持ち悪くなると背中をさすってくれるから。
冬獅郎は一護が大好きだった。
一護がいるから幼稚園に行くのだといっても過言ではない。
そうでなければ、うるさい周りの園児や知らない大人に囲まれる場所なんて行きたい訳がなかった。
毎日一護に会って遊んでもらったり、一緒に絵を描いたりできるから通うのだ。

遠足はバスで行くと聞いて、冬獅郎の顔が曇る。
遠足は遠い公園まで行くという。
しかも冬獅郎の嫌いなバスで
毎朝乗ってる距離とは桁ちがいの長い長い道のり。
気持ち悪くなったら嫌なので、病気になったことにしようか、などと子供らしくないことを考えたが、一護との遠足は楽しみだった。一護と外でお弁当食べたり、遊んだり、おやつも持って…。

結局冬獅郎はリュックにお弁当を詰めて、遠足当日不安にかられながらも
他のみんなと同じようにバスに乗り込んだ。

『おはよう!冬獅郎!』
『…おはよ…』

あからさまに元気のない声で一護の挨拶に返す冬獅郎。

『どうした?冬獅郎…せっかくの遠足だぞ?もっと楽しい顔しないと!』

冬獅郎はちらりと一護を見たが、すぐにうつむいて、いつもの自分の席へと向かう。
一護は冬獅郎がバス酔いが不安なのだとはわかっていたので、楽しくさせて車酔いを忘れさせようと思ったのだが、無理なようだ。
酔い止めの薬もあるにはあるが、小さい子供にあまり飲ませてはいけないと言われているし、もしその薬を飲ませて体に合わなかったりしたら、そちらの方が大変なので出さずにおく。
一護はちんまりと座席に座っている冬獅郎の横に座ってバスの発信を待つ。

『冬獅郎?気持ち悪くなったら言うんだぞ?』
『…ぅん』

程なくしてバスはゆっくりと走り出した。
幼稚園の門から出て、曲がりくねった道の多い住宅街を進む。

気持ち悪くなってからじゃ遅い。
しゃべったら吐きそうになるから。
と、わかっていても気持ち悪くなるまで我慢する冬獅郎。
もしかしたら気持ち悪くならないかも…という期待を少しだけ持っているから。

外の景色がいつもと違う。
知らない川や大きな学校、ずーっと向こうには高い山も見える。
始めはそんな風景を他の子供達と同じように楽しそうに眺めていた冬獅郎だったが、だんだんと胸のあたりがもやもやしてきた。
外の流れる風景を見ていると目が回ってくる。
外を向いていた顔を車内に向け、目をぎゅっとつぶった。
そうすると、今度は体に感じる揺れや発進する時、そして信号で止まるときの振動で更に気持ちが悪くなってきた。
窓の外を見ていた冬獅郎が下を向いておとなしくなってきたのに一護は気づき、声をかけた。

『冬獅郎?気持ち悪いか?』
『……』

すでに冬獅郎は声も出したくない状況にまできていた。
かすかに頭を縦に振って、具合が悪いことを一護に知らせる。
少し顔色の悪くなった冬獅郎に一護は

『寝ちまえばヘーキだぞ?』

と、頭を優しくなでてくれるが、昨日早々と布団に連行された冬獅郎は、今朝7時に起こされるまで、たっぷり12時間も寝てしまっていたので眠くなかったし、子供は大人みたいに睡眠をコントロールできる訳もないので、寝ろと言われても無理な話だった。
大体こんなに気持ち悪いのにころっと眠れる訳もない。
横になったら吐いてしまいそうだった。

『もうすこしだからな?がんばれ』

既に冬獅郎の顔は先ほどとは比べ物にならないくらい真っ青で、バスが揺れるたびに、吐き気が襲ってくるようだ。
優しく一護が洗馬かを擦ったり頭を撫でてくれるが、それすらも煩わしいと感じてきた。
車に酔い始めると車内特有のにおいが気持ち悪くて、冬獅郎は息をするのも嫌になってきた
出来るだけ息を止めてあまりにおいを吸わないようにするのだが、今度は苦しくなってしまうし、気持ちが悪いのには変わりなくて、どんどんぐったりしてきた。

時間的に幼稚園を出発してから1時間もたっていないのに、冬獅郎にはもう6時間も7時間も中に閉じ込められている気分だった。
もはやバスは冬獅郎にとって、苦しい苦しい牢獄みたいなものだった。

それからバスはまたしばらく走り続け、そろそろ冬獅郎が吐き気も我慢出来なくなってきた頃、ようやく大きな公園の前でバスは止まった。

『冬獅郎着いたぞ』

既に息も絶え絶えになっている冬獅郎に一護はささやき、次いで全員に到着を知らせ、降りるように促す。

『みんな!公園に着いたからな!自分の荷物はちゃんと持って順番にに降りるんだぞ!』

それを聞いて子供達は、車内でもあれだけ大騒ぎしていたのに、それを上回るはしゃぎようで、きゃいきゃい大喜びでバスから走り出ていく。
遠くに行くな、ちゃんと集まって、といくら叫んでも 初めて来た大きな公園に
子供達は先生達の制止も聞かずあちこち走り回っていた。
その様子をバスの中の点検をしながら一護は見ていたが、すぐに自分の座っていた座席に戻り、外ではしゃぎまくっている子供達とは大違いにぐったりしてぴくりとも動かない冬獅郎の様子を伺う。

『冬獅郎?降りれるか?ここにしばらくいるか?』

そっと声をかけると、つぶっていた目をうっすらとあけて、弱々しく顔を上げて一護を見た。
小さな手で一護の袖をつかむと小さく聞こえるか聞こえないかの声で、

『……おりる』

とだけつぶやいた。

バスの空気をもうこれ以上吸っていたくなかった。
早く外の新鮮な空気を胸いっぱいに吸いたい。

一護はそっと冬獅郎を立たせると、もう一度『大丈夫か?』と聞き、小さな頭が縦に振られたのを確認してから、冬獅郎のお弁当の入ったリュックを持って小さな手を引いてゆっくりバスを降りる。

外に出ると少し安心したのか、ほっと息をつく冬獅郎。
一護が深呼吸するように言うと、すーはーすーはーと外のきれいな空気を必死に吸い込んでいる。
みんなのいる場所へ合流すると、園児達は座って先生からの注意事項を聞いていた。
といっても半分以上は既に遊ぶことでいっぱいで生返事の子供ばかりだ。
一護は冬獅郎を連れ、一番後ろへ周り、そっと冬獅郎を座らせた。

遠足なのでいつもより先生は多い。
普段お手伝いにしか来ていない先生や数人の保護者もいるので、人数がいる。
幼稚園ではイベントでたくさんの園児をまとめるなければならない時には、通常いる先生達だけでは足りないので、臨時に手の空いている保護者が手伝ってくれるようになっていた。
なので、一護は車酔いしたチビの面倒をつきっきりで見るように言われた。

『この組の子達はお母さん達に見てもらいますから 黒崎先生は冬獅郎くんのことよろしくお願いしますね』
『あ…はい!』

まだまだ若い一護はたくさんの園児をまとめる力量がまだないので、普段から大きな行事などでは雑用を言いつけられることが多い。
だが今回は一護にとっては願ったりだった。
具合が悪い冬獅郎には申し訳ないが、一護はかわいくて仕方ない冬獅郎を一日任せられたのだから。
一護はぐったりして一護の腕にぶら下がるようにしている冬獅郎を、とりあえず近くのベンチに連れて行った。

『水飲むか?』
『いらない』

一護の手を離さないまま、もう片方の手をベンチについて、一生懸命外の空気を吸って体の中のバスの空気と入れ替えようとしている冬獅郎。
そんな様子がかわいくて、一護は冬獅郎に気づかれないように心の中でにやける。

しばらく休ませよう…と一護も冬獅郎の隣へ腰掛け、小さな手をきゅっと握り返した。
回復にはしばらくかかるだろうが、今日は一日冬獅郎と外で一緒にいられると思うと、一護はうれしくて。
そんな一護の心境を知ってか知らずか、深呼吸を繰り返す冬獅郎。
先ほどまで真っ青だった顔には少し血の気が戻り、表情も少し和らいでいるようだった。
冬獅郎だって早く元気になって一護と遊びたい。
でもなかなか気持ち悪さがとれなくて、必死に呼吸を繰り返した。

『もとゆっくり息吸って、そんでおおきく吐いて…』

あまりに早い呼吸を繰り返す冬獅郎に、背中を擦りながら落ち着いて深呼吸するように促した。

だが冬獅郎が車酔いから解放されるにはもう少し時間がかかりそうだった。