『遠足2』

車酔いでぐったりし続けている冬獅郎をしばらく休ませていた一護。
ふと気づくとだいぶ時間が経っていたようで、先ほどまでははしゃぎ回る園児達の大きな歓声でにぎわっていた公園もずいぶんと静かになっていた。
時計を見ればもうそろそろ正午になろうという所だった。
大人達が中心になって、みんなでシートを広げ、お弁当の時間が始まろうとしていた。
大人が敷こうとしているシートをくぐったり、靴のまんま乗って怒られたり子供達は大騒ぎだ。
『早くお弁当食べたかったらおとなしくしなさい』とでも言われたのだろうか、少々おとなしくなったように見える。
そんな様子を眺め、少し微笑ましくなった一護だったが、隣でベンチにぐったりと寄りかかっている冬獅郎が不憫で、その小さなおでこに張り付いた柔らかい髪を後ろへ撫で付け、そのまま髪を梳いてやった。

冬獅郎はまだ気分が良くならないようで、食欲もあるはずがない。
一護は腹が減っていたが、この子をほっといて食べる訳にもいかないのでしかたがないが我慢だ。

向こうの広場ではそれぞれ子供達がいつものより豪華なお弁当を広げてお食事を開始している。
すでにおやつを広げている子供もいる。

『冬獅郎?水飲むか?』
『うん…飲む』

なんとか水が飲める位にはなったようで、一護は少しほっとする。
しかし、この場所から動いたらなんだか吐いてしまいそうで動かせない。
一護は水飲み場まで行き、水筒のコップに水を汲み、ベンチに戻って冬獅郎にゆっくりと飲ませた。
のどは乾いているようで、ごくごくと一気に飲み干した。
だが、多少回復したものの、またベンチの背にもたれ大きくため息をついている。
もう少し水を飲ませようかと一護が悩んでいると、遠くからぱたぱたと数人の小さな足音が近づいてきた。

『いちごせんせー!遊ぼうよー!』
『とーしろーばっかいちごせんせーとってずるいー!』
『あーそんでー!』

お昼ご飯が終わった子供からめいめいに遊び始めたらしく、縄跳びを飛んでいる子や、ボールを蹴る音が響いていた。
そして、これでも結構子供に人気のある一護のところへもお誘いがやってきた。
だが、一護はちらりと冬獅郎を見やり、

『ごめんなー 冬獅郎具合悪いから見てないと…』
『えー!』
『やだ!あっちでボール蹴ってよー!』
『うー…ん』

困ったように眉を寄せ、一護は何かうまい言い訳はないかと考えるが、なかなか浮かばない。
すると、隣で冬獅郎がかすかに動く気配がした。

『オレへーき…もうきもちわるくないから…』

小さな声で一護に伝える冬獅郎。
まだ具合は悪そうなのに、一護をちらりとみて、うつむいて『へーき』
と繰り返す。
一護はその顔を覗き込み、疑わしげに聞き返す。

『冬獅郎?大丈夫なのか?』
『もぅだいじょうぶ…あっちいっていい』
『ほんとに平気なのか?大丈夫か?』
『へーきだってば…オレもあとであっち行く…』

顔色もだいぶ良くなっているし、しゃべっても大丈夫なようだから、本当に平気なのかもしれないが…。
少し心配は残るが、目の前で瞳ををキラキラさせて一護と遊ぶのを待っている子供達を追っ払うわけにもいかない。
小さくため息をついた一護だったが、待っている子供達を順番に見ながら、

『じゃあ少しだけだぞ?みんな』
『やった!』
『わーい』

子供達は大喜びで『あっちだよ!』『はやく!』と叫びながら駈けて行く。
一護はもう一度冬獅郎に向き直りしゃがんで声をかける。

『冬獅郎?すぐ戻るからな?』
『ん…』

目を閉じてしまっているので表情はあまりわからないが、あまり機嫌の良くないことだけはわかる。
小さな頬をそっと撫でて、『行ってくるから』と小さくささやいて、一護はみんなが走って行った広場へと向かった。

大きく開けた芝生の真ん中で子供に囲まれて遊びはじめる一護。
それを見つめながら冬獅郎は少し寂しくなってしまっていた。
具合はだいぶよくなってたから、一護と一緒にお弁当を食べたいと思っていたのだ。
それを言おうと思った矢先に一護はみんなと遊びに行ってしまった。
本当は引き止めたかったけれど、いつも自分が一護を独り占めしている自覚が多少はあったし、大騒ぎしてわがままを言う元気はさすがになかった。

『………』

すぐそばに置いてある自分のリュックをじっと見ると、中に入っているお弁当を想像してしまって、急におなかが空いてきた。
一人で食べるのが嫌で、一護の姿を探すと、一護はたまに冬獅郎の方をちらちら見ながらも他の子供達と楽しそうに遊んでいるようだった。

ちょっとむっとして、ほおをぷーっと膨らませる。
そして乱暴にリュックからお弁当を取り出した。

『いぃもん……』

みんなに一護をとられてしまった気分になってちょっと機嫌の悪くなった冬獅郎は、もう一人でお弁当食べようと膝の上に小さなお弁当を乗せた。
両手でお弁当箱の蓋をつかみ、開けようとしたときだった。
少し乱暴な動きのせいで蓋が容器に引っかかり、お弁当は容器ごと地面にひっくり返ってしまった。

『あ!』

あわててお弁当箱を拾う冬獅郎だったが、中身は全部地面の上にぶちまけられてしまい、砂まみれになってしまった。

『あ…』

思わず泣きそうな声が出てしまう。
そのまま立ち尽くすが、はっとしてすぐにこのかっこ悪い状態を隠したくて、急いでミートボールやら卵焼きを拾う。
しかし、近くで遊んでいた園児達の数人が、その異変に気づき、走り寄ってきた。

『あー!冬獅郎べんとーこぼしてるー!』
『もったいねー!』

すぐに子供達はその惨状を見て騒ぎだした。
恥ずかしくてかっこわるくて、思わず言い返す冬獅郎。

『う…うるせぇ!いらないからすてたんだ!』
『じゃぁなんでひろってんだよ!』
『それ食べんのか?きったねー!

からかうように笑いながら攻撃されてしまい、冬獅郎は膝をふるわせながら黙り込んだ。
普段からあまり周りにとけ込まず一人でいることの多い冬獅郎。
でも一護がいれば他には誰もいらないと思っていたから、友達は自分からは作ろうとしないし、誘われても突っぱね続けていた。
周りの子供達も話しかけてもいつも素っ気ない冬獅郎に、声を駈けづらくなり、だんだんと誘わなくなって冬獅郎は孤立していった。
本人は別に気にしていないようだったが、一護から見ればとても心配なことだったので、何度も注意はしたのだが、冬獅郎には友達を作る気はないらしい。

そんなだったからみんな冬獅郎を遠巻きに見てたいたり、あまり友好的ではない言葉をかけたりすることもあった。

こぼしたお弁当を前に立ち尽くす冬獅郎に、『どーしたんだよ!ひろえよ!』『それくうんだろ!』と次々とからかうように言葉を浴びせる子供達。
とうとう冬獅郎は我慢できず大きな声で、

『あっちいけよ!』

と涙声で周りにたかっているお弁当をお腹いっぱい食べてあとは遊ぶだけの子供達に叫ぶ。

『あっちいけ!』
もう一度叫んだところにどたどたと走ってくる音がした。

『どうした!冬獅郎!』

冬獅郎を座らせておいたベンチのまわりに子供たちが集まって、ぎゃーぎゃー騒いでいるのに気づき、心配になった一護が慌てて戻ってきた。

『とーしろーがべんとーひっくりかえしたんだよ!』
『ちがうよ!いらないって言って捨てたんだって!』
『こぼしちゃったんだよ!』

口々に今のこの状況を、てんでばらばらに説明してくれる子供達。
このままではまた別なけんかが始まってしまいそうだったので、一護は取りあえず興奮した園児達をなだめ、遊びに行かせることにした。

『あーほらほら あとは先生が見るからみんなあっちいって遊んでな!もーすぐお絵描きの時間だぞ!』
『はぁい!』
『お絵描きだ!』

一護に促されてさっさと散っていく子供達。
お絵描きと聞かされて、もう冬獅郎のことには興味がなくなったようだ。

残ったのは立ち尽くしてひっくひっくとしゃくり上げている冬獅郎が一人。

『どした?冬獅郎?お弁当落っことしちゃったのか?』
『う……ぇぐ…だって…いちごが…ひっっく……』
『ごめんごめん!なかなかみんな放してくれなくて』
『うえぇぇ…いちごぉ…』

冬獅郎は、一護が戻ってきてくれて嬉しいのと、お弁当がなくなっちゃったのと、みんなに馬鹿にされたのがくやしくて、とうとう声を上げて泣き始めた。

『あぁほらもう泣かない泣かない!もうあっち行かないからな?ほら』

しゃがんで冬獅郎の砂まみれの手を拭いてる。
涙も鼻水もきれいに拭いてやって。

『ちょっとだけここにいてくれるか?すぐ戻るから』
『すぐ…?なんびょう…?』
『んー…30秒で戻る!』
『ぅん…待つ』

冬獅郎に30秒はどのくらいかはわかっていないが、きっとすぐなのだということはわかったので、一護に許しを出した。

もう一度冬獅郎をベンチに座らせてバスへ走る。
急いで中に入り、一護は用意していた物が詰まったバッグを持ってバスから転がり出た。

ほんとにすぐにダッシュで戻ってきた一護をみて、冬獅郎がうれしそうに目を見開いた。

なにやら大きなバッグを持って戻った一護は冬獅郎の隣にどかっと座って、大きなバッグをじっと見ている冬獅郎と自分の間にバッグから包みを取り出してどさりと置いた。

『これなーに?』

興味津々といった顔で聞いてくる冬獅郎に、一護はにっこりと笑みを返し、包みを開けながら話した。

『ほら!これ一緒に食おう?妹がたくさん作りすぎてオレ一人じゃとっても食いきれないからさ』
『わぁ……!』

開けた包みの中には大きなお弁当箱がはいっていて、更にお弁当箱の中には卵焼きや海老フライ、小さいグラタンやうさぎの形のリンゴが所狭しとぎゅうぎゅうに詰まっていた。
冬獅郎自分の大好きなものばかりが入ったお弁当箱と一護の顔とを、大きな瞳を更に大きく見開いて、交互に見る。

一護が、何かの時のために遊子に頼んで作ってもらったものだった。
必要なければ一人でも食べれる量でもある。
かなり腹はきつくなってしまうが…。
そんなこととはつゆ知らず、キラキラと瞳を輝かせて冬獅郎は一護を見上げ、今にも食い付き始めそうな勢いで聞いてくる。

『食ってもいいの…?』
『あぁ、もちろん!たくさん食えよ?』

『いただきます』の挨拶も忘れ、大好物の卵焼きを手づかみしようとする冬獅郎の手首をすすんでのところで一護は引っ掴んだ。

『こら!手もっかいきれいに拭いてからだ!っていうかお前フォーク使えよ…』
『いいの!』

一護に手をがしがし拭いてもらっている間も冬獅郎の目は卵焼きを見つめたままだ。
手がすっかりきれいになって、一護にOKをもらった途端、卵焼きをつかんでもう片方の手でリンゴをつかんで、いっぺんに口に運ぶ冬獅郎。
あきれて見つめる一護なんておかまいなしに食べ始める。

『お前りんごは後だろー…』

一応言っては見るが、もう冬獅郎には聞こえていないようだ。
おっきくお口を開けて、次は海老フライをかじりだす。
さすがにグラタンは手では食べられないので一護にフォークで食べさせてもらった。
食べさせてもらいながらも、両手にはウサギりんごを持ったままで、そんな姿に苦笑しながら一護もやっとありつけた昼食に手をのばした。
さすが遊子の作った弁当だ、さめても抜群においしかった。
がつがつと先ほどまで、とても車酔いをしていた子供とは思えないほどの勢いで食べる冬獅郎に、一護は少々不安になった。

(こんなに食わせたら帰り吐くかな…)

なんてちょっと不安になりながら、でもとても嬉しそうにリンゴをかじっている姿を見ていると、『あんまり食うなよ?』
なんて言えなくて。

どうしようかな…と帰りのこの子の取り扱いに頭を悩ませながら、一護も冬獅郎を真似てウサギリンゴにかじりついた。
蜜のたっぷり詰まったとても甘いリンゴだった。