『遠足3』

一心不乱にお弁当を食べていた冬獅郎だったが、急に手を止め、『ふぅぅ…』と可愛らしく息をついた。
どうやら小さな胃袋は満足したようだ。
左手に持ったままの食べかけのリンゴをじっと見つめ困ったようにおなかをぽんぽんと叩いている。
そんな微笑ましい姿に一護は微笑みながら、冬獅郎の小さな手に握られているリンゴをつまんで口に放り込んだ。

『もういいか?あとはオレが食っちまうぞ?』
『もーいらないー腹いっぱい!ジュース!』

あとは一護が軽く片付けられる量だったので、冬獅郎には水筒に作ってきた冷えたカルピスを渡してやり、自分は弁当の残りを平らげる。
おいしそうに大好きなカルピスをごくごくと飲み干し、おかわりまでして、すっかり冬獅郎はご機嫌だった。
一護は自分用のペットボトルのお茶で喉を潤しながら、周りを見た。
他の子供達はあちこちで、白い画用紙に夢中で絵を描いている。
今日のお絵描きのテーマは公園。
普段は想像でばかり絵を描かせることが多いので、みんなの絵の出来が楽しみだった。
ふと一護は思う。
冬獅郎はいつも絵を描く時は一護の絵ばかりを描く。
とても自分が描かれているとは認めたくはない出来だったが…。
他の絵は描かないのかと聞いても、描かないと素っ気なく答えるだけだ。
だが今日はみんな同じテーマがあるので、この子がどんな絵を描くのかに一護は興味を持った。
バッグと一緒に持ってきていたスケッチブックとクレヨンを取り出し、冬獅郎の前に出した。

『冬獅郎もお絵描きするか?』
『する』
『よし!じゃあどこで描く?』
『ここでいい』
『冬獅郎?今日はみんな「公園」を描くんだぞ?描けるか?』
『え…?いちごじゃだめなのか?』
『そうだ。今日は公園の滑り台とか、噴水とか木を描くんだぞ』
『ふぅん……うん…描く』

あまり気乗りしないようだったが、一護がクレヨンを何本か出して持たせてやると
冬獅郎にはだいぶ大きなサイズのスケッチブックに絵を描きだした。
わざと肌色や、オレンジのクレヨンは隠しているので、赤や青のクレヨンでぐるぐる色を塗っている。
遠くからきゃあきゃあと歓声が聞こえ始める。
描き終わった子供から思い思いに遊び始めているようだ。
こんなに大騒ぎでは帰りのバスはさぞ静かだろう。
景色はとんでもなく和やかで、天気もいいし冬獅郎と弁当も食べることができたし、一護はほっとしながら隣で一生懸命絵を描いている冬獅郎を見つめた。
白い画用紙が半分ほどクレヨンで塗りつぶされたあたりで、一護は問いかけてみる。

『……冬獅郎?なに描いてんだ……?』
『んー…き!』
『き?』
『き』

高名な画家でも真似できそうもないとてつもなく芸術的な絵を見つめながら、一護はどうにか目の前の絵から木を連想しようと試みる。
ピンクと青と赤が画面いっぱいに塗りたくられている様はどこをどうみても植物には見えず、なんとか夕焼けの海……かな?くらいの想像が一護には精一杯だった。
でも本人が木なんだと言うので木なのだろうが。

更に黄色や水色が足された絵を描いてる途中で、だんだんと冬獅郎の動きがスローになってきた。
顔を覗き込むとまぶたが少し降りてきてしまっている。

(眠いのか…)

すっかり手が止まってしまって、頭が右に左にふらふら揺れだしている。
まだ絵は完成してはいないようだが、仕方がない。
冬獅郎の手からクレヨンを離させてケースにしまい、スケッチブックをたたむ。

すっかりお昼寝モードに入ってしまったらしい冬獅郎を抱きかかえていったんバスへ戻ろうかと思っていると、どうやらもう全員帰り支度を始めているようだ。

(お!このまま寝てる間に帰れんじゃん!)

ちょうど良かった。
少しお弁当を食べ過ぎてしまった冬獅郎が起きたまま、来た道と同じ行程に耐えられるはずがなかった。
最悪、一護の足なら歩いて帰れない距離ではないので、冬獅郎を背負って歩く覚悟はしていたが、どうやらその心配はなさそうだ。

急いで荷物をまとめ、他の園児たちと共にバスに乗り込む。
冬獅郎を自分の座席の隣におろし、いったんバスの中を見渡せば、きちんと全員揃っている。
もう一度座席の間を歩きながら点呼をとった。
確認が済むと一護は自分の座席に戻った。
隣では冬獅郎がすやすやと眠っていて、起きる気配もない。
これなら帰りは大丈夫そうだ。
準備が整い、発信するバス。
案の定ほとんどの子供達が頭を寄せ合って可愛らしい顔で眠り始めた。
たくさん遊んでいっぱい食べて、みんな相当疲れたのだろう。
一護だって少し眠いくらいだ。
途中で一護の服にしがみついてきた冬獅郎を膝の上に乗せて頭を撫でる。
一護の胸に顔を埋めてぐっすり眠っている。
少しシャツがひんやりするのできっとよだれまみれなんだろう。
朝と違って大層静かな車内で一護も多少うとうと仕掛けた頃、バスは幼稚園に帰りついた。
予定通り夕方前には戻って来れたようだ。
大きな事故もなく、遠足は無事に終了した。

『さぁみんな!着いたよ!起きて!』
『ほら!ママ達が待ってるよ!』

先生達が大声を張り上げて寝ている子供達を起こす。
外には迎えにきた母親達がニコニコしながら待っている。

冬獅郎といえば、これだけ近くで大声を出されても起きる様子もない。
一護は荷物と一緒に冬獅郎も抱えてバスから降りた。

一護は迎えにきている保護者達を見回して、腕の中で寝ている子供の母親はまだ来ていないようだ。

冬獅郎の両親は仕事が忙しくて帰りがとても遅い。
だから、家が隣ということもあり、いつも一護が両親が帰るまで預かっていた。
だが、一護も仕事があるので、幼稚園での勤務が終わるまではデスクの周りでチョロチョロ遊ばせている。
かわいそうだなとは思うが、本人は一護のそばにいられるので、不満はないらしい。
帰りに一緒に買い物をして一護の家まで連れて帰る。
一週間の半分は一護の家で夕食を一緒に食べる。
一護の家に泊まらせることも少なくない。
いつも冬獅郎が帰りたがらないからだった。

今日は疲れただろうから早めにお風呂入れて、ご飯食わせて…早めに寝かそう。
オレも疲れたからな…
なんて色々と今後のスケジュールを考えていたら冬獅郎が目を覚ました。

『ん…ぅあ…?』
『お、起きたか、幼稚園着いたぞ?』
『う…ん』

まだ寝ぼけているようで、わかったんだか、わかっていないんだか曖昧な返事をよこした。

ストンと地面に降ろしてやると、まだぼうっとしているらしく、きゅっと一護の足にしがみついてきた。
そのままずるずるとしゃがんでしまい、『だっこー…』とせがんでくる。
見上げてくるまだ寝起きの潤んだ瞳がとんでもなく可愛くて、思わず一護はそのまま抱っこしてやりたくなるが、このままでは仕事が終わらない。

『こらこら!オレもう少し仕事あるからちょっと遊んでろ?な?』
『……ん』

足にしがみついたまま離れようとしないので、少し足を大股に踏み出してやると、冬獅郎はおもしろがっているようだ。
遊んでいる訳ではないんだが…。

『あ、お前おやつまだ食ってないだろ?ちゃんととっといてあるからな?』

お絵描きの後でみんながひとつづつもらって食べた小さなクッキーがあるのを一護は思い出した。
すぐに冬獅郎の目が輝き、

『ちょーだい!食べる!』
『その前におしっこいっとけ!カルピスいっぱい飲んだだろ?』
『いい!』
『だーめーだ!』

冬獅郎を引きずってトイレに連れて行き、約束通りクッキーを渡すと一瞬でなくなった。
後は一護が日報を書いたり、園児達の描いた絵をまとめている間、目の届く範囲で遊ばせる。
一人で、おとなしく遊んでいる冬獅郎を目を細めて一護は眺める。
こうしてみると、冬獅郎はとっても手もかかる子で、一護は他の先生の何倍も苦労してるはずなのに、とっても幸せでだった。

こいつが小学生になったらオレも小学校の先生になろうかなぁ…なんて本気で考えつつ、今日の仕事も終わりに近づいてきた。
とんとんとまとめた絵をそろえ、丁寧に袋に入れた。
明日の朝はこれを壁に貼る作業からスタートだ。

『よし!帰るぞ!冬獅郎!』
『うん!』

積み木を蹴飛ばしながら、うれしそうな顔で冬獅郎が一護に飛びついてくる。

『こら!ちゃんと片付けしてこい!』

『はぁい』と返事をしながら、全く片付ける気のない冬獅郎に、一護は盛大なため息をついた。

 

 

 

 

 

車酔いの子供は大変ですね。
あたしもいまだに乗り物酔いがすごいです。
朝すれ違う幼稚園バスがかわいくて仕方ないw