『学芸会』(一護、高校生。冬獅郎、園児)

幼稚園から帰ってきた冬獅郎が元気が無い。
…というより、拗ねている。
迎えに行った親父の話では、昼過ぎに家に帰ってきてからずっと不機嫌で、おやつすら食べなかったらしい。
あの食いしん坊が、大好きなイチゴマシュマロを食べないなんて。
だが、理由を聞いた俺はすぐに納得した。

それは今日、幼稚園で来月に行われる園児達の発表会の練習のときのこと。
冬獅郎の組では、劇をやることになっていて、さらわれたお姫様を助けに行く王子様と、お姫様を人質にして国を乗っ取ろうとする悪い魔法使いの物語なのだが、お姫様役をやる予定の女の子が、急に親の転勤で引っ越しをしてしまうことになり、劇に参加することが不可能になってしまったらしい。
それで、急遽代わりの子を探さなくてはならなくなったのだが、あいにくとお姫様役の女の子はとても体が小さくて、他の女の子ではせっかく用意したドレスのサイズが合わない為着られない、
新しく作ればいい話なのだが、引っ越しをしてしまう女の子が、どうしてもそのドレスを使ってほしいとお願いをしてきた。
お母さんと二人でデザインを考え、一生懸命作ったものだからだ。
それに、来月の劇はその子も必ず見に来ると言っていたので、仕方が無い。

そこで、白羽の矢が立ったのが冬獅郎。
その女の子よりも少し小さい。
というか、幼稚園で一番小さいからだの持ち主だ。
園児達の中で、この用意されたドレスを着ることが出来るのは、冬獅郎だけだった。
渾身の力で嫌がった冬獅郎だったが、周りの説得と、泣きながら『あたしのドレスを来てほしい!』と言う女の子に負け、とうとう承諾したらしいのだ。

冬獅郎の不機嫌の理由は、そういうことだった。

俺は学校から帰り、その話を聞いてから、一瞬(冬獅郎も大変だな…)なんて思ったのだが、今現在リビングのソファに置かれているピンクのふわふわのドレスを着たこの子を想像すると、その姿を見たい欲求が高まり、同じ男としてのプライド云々はどこかに吹っ飛んでしま
った。

『冬獅郎ーコレ、とりあえず着てみろよ』
『やだ』
『でも…どーせ着なきゃなんねーし、もしかすっと冬獅郎のがおっきくて着れないかもしれないじゃないか』
『!』

着れないかも、という言葉に反応した冬獅郎は、ちらりとドレスに視線をやった後、『きっと…おれきれないもん…』ともごもごいいながらドレスをオレのところまで持ってきた。
どう見ても冬獅郎の着られるサイズのドレスなのだが、一応オレも『そうだな、小さかったら先生に言わないとな』なんて、心にもないことを言う。
冬獅郎の服を脱がせ、ドレスを着せる。
着せてみると、案外…というかものすごく似合っていて、オレはにやけた顔を押さえるので精一杯だった。

『着れちゃったなぁ』
『………』
『どうする?お前ちゃんと出来るか?』
『……やるもん』

こう見えてとても優しい冬獅郎。
女の子の格好をするのなんてとんでもなく嫌なはずだが、それよりも頼まれたことを放り出せない性格だ。
それに、もしも来月劇を見に来た女の子が、違うドレスを着たお姫様を見て悲しむ姿は我慢できないだろう。

オレは申し訳ないが、引っ越しをしてしまう女の子に心の中で感謝した。
こんなかわいいコスプレを見ることができるとは……。

だが、冬獅郎は仕方なく今日から台本どおりの台詞を覚えなくてはならなくなってしまったし、当日まであまり時間がないので、毎日オレもつきあって練習をすることになった。
オレはなるべく早く学校から帰らなければならないし、毎回冬獅郎のやる気を起こさせることから始めなければならない。
普段から、お遊戯や劇、歌と言ったみんなで参加するものに興味を示さない子供なので大変だ。

頭のいい子なので、台詞はすぐに頭に入り覚えてしまうのだが、いかんせん言葉遣いや、仕草が恥ずかしくて嫌なのか大きな声を出さなくては行けない場面でも、棒読みで蚊の泣くような声しか出さない。

『冬獅郎!もう一回!』
『おたす…け…くださ…いまし…おうじ…さま…』
『……もっと叫ばないと…』

やれやれ…もう来週には通しで他のの園児と練習しなくてはならないというのに…。

オレのため息は出尽くすことはなかった。
だが、もうすぐ舞台上であの可愛らしいドレスを着た、オレのかわいい天使が見られるかと思うと、オレはまだまだ頑張れる気がした。

それから、なんとか多少大きな声で台詞が言えるようになり、他の子供達とも合わせて練習を重ね、なんとか本番までに形にすることは出来た。
あれだけ不満全開だった冬獅郎も、自分が主役級の役ということで、責任も感じてきたのかもしれないが、練習も真剣そのものだった。

だが、本番当日。
試着以来着せていなかったせいで、なれないドレスに、舞台に出た瞬間冬獅郎はドレスの裾を踏みつけ、思いっきり舞台ですっころんでしまった。
なんとかぶつけたおでこの痛みに耐え、劇の終了時には大きな拍手をもらい、お母さんと見に来ていた例の女の子から花束まで渡されて照れて真っ赤になった冬獅郎。
転んだことなどすっかり忘れた面持ちで、恥ずかしそうにオレのもとに走って来た。
また転んでしまうのでは…と不安だったが、不器用にドレスの裾を両手で持ち上げドタバタと走っていた姿にオレはうっかり吹き出してしまった。
そして、この姿も録画しておけばよかったと、激しく後悔したのだった。

オレの足にばふっと抱きついて来た冬獅郎を抱き上げ、思いっきり褒めてやると、少しはにかみながらも嬉しそうに笑った。
まさにオレの天使。
周りの視線がオレをより一層優越感に浸らせた。
この世の誰よりもかわいいオレの冬獅郎。
オレだけに懐いてくれる冬獅郎。
このまま大きくなんてならなければいいのに、成長を止める薬があれば、オレはいくらだって払うのに…なんて思いながら、他の演目を上の空で見ながら、膝の上の冬獅郎の頭を撫でていた。

その後、家で早速録画した冬獅郎の組の劇を見ようと、リビングに全員が集まった。
再生した直後にテレビ画面に映ったのは、冬獅郎が思い切り転ぶ瞬間だった。
それを観た冬獅郎は、恥ずかしさと笑い転げる家族への怒りで、オレの腹を何度も殴り、しまいには蹴りまで入れてくる始末で、なだめるのに一苦労した。
だが、すっかりへそを曲げてしまった小さな暴れん坊の前でこれ以上録画した映像を流していては、そのうち何をしでかすかわからないというので、鑑賞はそこまでで終了し、あとは冬獅郎を寝かしつけた後にみんなでこっそり観ることにした。
万が一、このディスクが冬獅郎によって 破壊されても大丈夫なように、コピーをとることもオレは忘れなかった。