『ごめんなさい2』



一護はベッドで寝転がったまま、天井を見上げながら階下にいるはずの冬獅郎の気配に全神経を巡らせていた。

まだ、ぐずっているだろうか。
いつも暴れたあとに膝を抱えて踞り、すねている子供の姿を思い浮かべる。

そろそろ降りて、様子を見に行ってやるかな…と思ったとき、部屋のドアの向こうから小さな足音が聞こえた。
階段をゆっくりあがってきているようだ。
だんだんと音は近づき、ぐずぐずという鼻をすする音も大きくなってきた。
一護の部屋の前までくると、足音はぴたりと止む。
だが、部屋に入ってくる様子は一向に無い。

『ぐすっ……ひっく…』

しゃくり上げる声だけが聞こえる。
一護にこっぴどく怒られ、喧嘩してしまったので自分からは入りづらいのかもしれない。
一護は目を閉じて大きくため息をついた

(そろそろいいか…)

目を開け、そっとベッドから起き上がると足音をたてずにドアへ向かう。
ドアノブを回しゆっくり部屋のドアを開けると、そこには踞った小さな子供。
先程自分が思い浮かべていた冬獅郎の姿そのまんまで、思わず一護は微笑んだ。
冬獅郎はドアが開いたと同時にビクリと顔を上げて一護の顔を見ると、顔をくしゃりと歪める。
そして、一度は引っ込んだらしい涙が、冬獅郎の大きな目にみるみるたまってきている。
何か言おうとしているらしいが、口からは嗚咽しか出てこない。
それでも、小さな拳を握りしめて立ち上がろうとしている。

『ふぇ…い……ちごぉ…』
『…おいで』
『……うぇ…』

なんとか一護の名前を呼んだ冬獅郎に手を差し出し、小さな手を引っ張ると部屋に引き入れた。
そして一護はベッドに座り、冬獅郎を自分の前に立たせて両肩に手を置いた。
両手を握りしめて下を向いている冬獅郎の顔を覗き込み、視線を合わせようとしたがすぐにそらされてしまう。
そっぽを向いた冬獅郎の口をきゅっと閉じ、涙に濡れた目はゆらゆらと揺れている。
一護はぎゅっと手に力を入れて、目の前の子供の名前を呼ぶ。

『冬獅郎?』

名前を呼ばれると、ぴくりと肩が上がった。
そして、冬獅郎はゆっくりと一護の方に顔を向ける。

『………いちご…』
『ん?』
『…ごめんなさい…』
『うん』
『いちごわるくない…のに…ばかっていってごめんなさい…』
『うん』
『……おこってる?』

一護の顔色を伺うように上目遣いで見上げてくる。
すぐにでもこの子供を抱きしめてしまいたかったが、ここは最後の一押し。
ぐっと耐えて冬獅郎の目をまっすぐに見た。

『…怒ってた…。けど…冬獅郎、今ちゃんと謝ったし、反省したろ?だからもう怒ってないよ』
『ほんと?』
『ああ…ほんとだ』

下から見上げてくる冬獅郎の顔が少し明るくなった。
下がりっぱなしだった眉もいつものきれいなラインに戻っている。
ぎゅっと握られていた小さな手も、いつの間にか一護の膝に乗せられており、背伸びして身を乗り出している。
だが、冬獅郎はすぐにはっとしたように手を引っ込めて顔を逸らしてしまった。

今日はもう遊園地に行けないことを思い出し、それが悲しいのだろう。
もじもじと居心地悪そうにしながら、一護の顔をちらちら見たり床に視線を落としたりと瞳の動きがせわしない。
一護は冬獅郎の肩に置いた手を一旦離し、小さな体を抱き上げると自分の隣に座らせてやった。
そのまま寝癖頭を何度も撫で、ゆっくりと口を開く。

『冬獅郎、明日は早起きできるか?』
『…え…?』

きょとんとした視線を受けながら一護は続ける。

『明日、ちゃんと起きれたら、遊園地いこっか』
『!ほんと?おれおきる!おきるから!』
『よし、ちゃんと起きるんだぞ?』

もう遊園地には行けないと思い込んでいた冬獅郎に、一護からの言葉は一瞬理解ができなかったようだ。
ぽかんと口を開けて一護の顔を凝視していたが、やっと理解したらしい冬獅郎はベッドから飛び降りて胸の前で手を握りしめ、真剣な顔で明日の早起きを約束した。
頬が紅潮してピンク色になっている。
そんなかわいらしい姿に一護はくすくすと笑いながら、未だパジャマ姿の冬獅郎をいい加減着替えさせようとパジャマの裾を捲り上げた。

『ちゃんと遊子にもあやまるんだぞ?』
『うん!あやまる!』

冬獅郎はトレーナーをかぶりながら元気な声で答えて来る。
もうすっかりご機嫌だ。

『せっかくお弁当つくってくれたんだから……』
『うん、わかった』

きちんと服を着替えさせ、歯を磨いて顔を洗った冬獅郎は、ちゃんと遊子に謝りお昼ご飯にお弁当を食べた。
きれいにお弁当を食べ終えた冬獅郎は、起きて2時間ちょっとしかたっていないのに、満腹が原因なのか眠そうに目をこすっている。
ここで昼寝をさせてしまったら夜になってまた昨夜のように寝てくれないかもしれない。
そう危惧した一護は、冬獅郎を無理矢理外に連れ出すことにした。
眠たそうだった冬獅郎も、一護と遊びに外へ行けるとなると眠気も何処へやらといった風で『はやくはやく』と一護を急かし、先に玄関を出て走り回っていた。

あまり疲れさすのも問題なので、少し考えた結果散歩がてら図書館へ行って絵本を借りることにした。
ついでに一護も読みたかった推理小説を借りてこようと、頭に本のタイトルを並べた。
手をつないで歩いていた二人だが、冬獅郎はゆっくり歩くのがもどかしいと言わんばかりに突然走り出した。

『こら、道路に飛び出したら危ないだろ!』
『へーきだもん!』
『ったく…』
『いちごがおそいんだ!はやく!』

さっきまで、しょぼくれてわんわん泣いていたとは信じられないくらいに、いつもの小生意気でわがままな冬獅郎に戻っていた。

疲れさせない為に散歩を選んだのに、これだけ走り回られてはその計画も無駄かもしれない。
明日もなかなか起きなかったらどうしよう…と多少不安に思いながら、大きな道路に飛び出していった子供を慌てて追いかける一護だった。