『半分こ』




その日、一護と日番谷は二人して朝早くから起きだし、眠い目を擦りながら身支度をしていた。
昨日は日番谷は、今日の予定の為に黒崎家に泊まっていた。
朝の事を考え早めに眠った為、割とすっきりと起きる事の出来た一護は、ご機嫌で早々と着替えをすませ、小さめのリュックに詰めた持ち物をチェックしている。

『おい!冬獅郎!寝んなって!こら!早く行くぞー!』
『んー…』

元来、朝の弱い冬獅郎は一度起こされても、仕事が無い日とわかると気が緩むのか、すぐにまぶたが閉じてしまう。
だが、今日はこの間雨で中止になって、延期したテーマパークへ行く日。
いわゆるデートというやつだ。
晴れ男を自称する一護の気合いが通じたのか、先程窓を開けたときには清々しい朝焼けが広がっていて昨日の予報通り快晴間違いなしだった。

『ほら、この時間あんま電車無いんだから、早く行くぞ!』
『あ…あぁ…』

恋人を起こしながら、先日の様子を思い出した一護は、寝ぼけ眼の日番谷をうっすらと微笑みながら見た。
あり得ない事に、日番谷からおねだりをされた遊園地。
この間二人でテレビを観ていた時に、夏の行楽シーズンを前に埋め立て地にあるテーマパークの特番をやっていて、それをじーっと観ていた日番谷が信じられない事に『行きたい』といい出したのだ。
あっけにとられた一護だったが、頬を真っ赤に染めて下から見上げてくる怒ってるのかねだっているのかどちらとも判別しがたい、だがとても可愛らしい顔で言われて、すぐにとんでもな嬉しさがこみ上げてきたのだった。
そのテーマパークでバイトしているという友人から色々な情報を聞き出し、本屋に行ってハンドブックを買い、更にサイトでイベントやレストランなどもチェックし、後は天気の心配だけだったが、その天気も快晴とくれば、これは浮かれずにはいられない。
昨日の木原さんの予報はばっちり当たっていた。

まだ眠そうな日番谷を急かし、昨日用意しておいた菓子パンを朝飯にかじる。
日番谷はまだ朝ご飯はいらないだろうから、現地で食べさせる事にした。
家族を起こさないように、静かに玄関を出る。
一護は、朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでから日番谷を見ると、よたよたとおぼつかない足取りで歩いていた。
よほど眠いのだろう。
普段のきりりとした隊長姿からは想像出来ない頼りなさっぷりだ。

とにかく駅まで急ぎ、予定していた通りの電車になんとか乗り込むことが出来た。
休日だったし、朝が早いので席は空いていた。
座った途端にうつらうつらしだした日番谷の頭を、そっと抱き寄せる一護は満面の笑みだ。
日番谷も素直に一護の腕に顔を埋めて、すぐにすやすやと眠りだした。

小1時間ほど電車に揺られ、乗り継いで付いた先で一護は座りっぱなしでこった体を思い切り伸ばす。
隣では日番谷が大あくびをしている最中だった。

『さ、行こう!』
『ん…うん』

入園チケット買い、噂通りの長い列に並んで園内に入る。
一護は、初めて見るテーマパークの景色に目をまん丸くしている日番谷の手を引き先導して歩く。
普段なら手をつなごうとしただけで殴られるのだが、慣れない場所で圧倒されている日番谷は素直に手を握らせてくれた。
キョロキョロとあたりを見回しながら一護に引っ張られるように歩く日番谷だったが、大人でも楽しくなるこの空間の魔法にもれなくかかっているのか、その顔はとても嬉しそうだった。
そんな日番谷の顔を見てやろうとする一護と目が合った瞬間にすぐにいつもの仏頂面に戻ってしまうが、楽しそうな雰囲気だけは隠しようもなくて、思わず一護は心の中で笑ってしまう。

『あ、そうだお前さ、朝飯くってねーだろ?腹減ってねえか?』
『…え?』

今日一番のお目当てのアトラクションに向かいながら一護は日番谷に聞いてみたが、遠くに見える大きな建物や船、パーク内を走る電車に気を取られていた日番谷はそんな一護の問いを聞いていなかったようで、たくさんのはてなマークを頭の上に浮かべて一護を振り返った。
普段滅多に見られない表情を次々と見せてくれる可愛らしい恋人に、一護はもう一度質問を繰り返した。

『腹、減ってねえか?』
『あ……そういや…減ったな』
『よし、じゃあチケットとったら何か食おう』
『う…うん』

普段から、現世でどこかに行ったり何かをするときは完全に一護任せの日番谷だったが、今日は更にすべてを一護に任せるしか無かった。
何しろ遊園地と呼ばれる所は初めてだ。
勝手がさっぱりわからない。
一護は『これこれ!これに乗ろうぜ!』と嬉しそうに言いつつ、チケットの発券機から時間指定のチケットを二枚取った。
日番谷にはさっぱりわからない類いの機械だ。
チケットを大事そうに財布に仕舞った一護は少し考えるような表情をしていたが、ぱっと何かを思いついたようだった。

『冬獅郎、肉まん好きだよな?』
『は?…あ…まぁ…』
『じゃあ、いいもん食わしてやるよ!』

そういって一護は、再び日番谷の手を取り、今歩いて来た方向と逆に歩きだした、
こんな 初夏の季節に肉まんなんてと思った日番谷だったが、とりあえずだまって促されるままに着いて行く事にした。
連れて行かれた先は小さなワゴンのような店。
朝だというのに多少列が出来ているようで、どうやら人気があるらしい。

『あ、ここだここだ。冬獅郎ちょっと待ってろよ』
『ん』

言われた通り、日番谷は近くのベンチに座り、大人しく一護を待った。
実は日番谷は、初めて来た場所に実はとんでもなく浮かれていて、普段なら何かと一護に余計な一言を言ったり悪態をつきまくるのだが、今日はそんな事も忘れてしまうほど嬉しさを感じていた。
元々遊園地に行ってみたかったというのもあるし、この場所が日番谷の予想を遥かに超えた大規模なテーマパークであったこと、そして何よりも一護と二人きりでの遠出。
ワゴンで買い物をしている一護の背中を見つめながら、日番谷は思わず目を細めた。

『おまたせ!』
『あ……あり…がと』
『熱いから気をつけて食えよ?』
『わかってる…うっせーな…』

多少いつもの調子が戻ったのか、軽く悪態をついてくる日番谷だったが、手渡されたものから漂う食欲をそそるいいにおいに言葉が途切れる。
そして両手で持った肉まんというにはだいぶ大きくて長い物体を見つめる。
その瞬間、日番谷のお腹が空腹を訴えるように鳴って一護は軽く笑った。
それをごまかすように、日番谷は小さな口を大きく開けて肉まんもどきにかじりついた。
思っていたより熱くてびっくりしたが、それよりも初めて食べるものの美味しさに感動していた。
続けて一口二口と食べ進めていると、一護が可笑しそうに吹き出した。

『あわてて食うなよ。ゆっくりでいいぞ』

一生懸命にほおばる日番谷が可愛くて仕方ない 。
ちらりと一護を睨んだ日番谷だったが、一護は何も食べていない事に気づいた。
一護は自分の分の肉まんは買わず、アイスティーだけをすすっていた。

『お前は?…食わないのか?』
『オレ、朝飯食ったんだよ。パン食った。』
『ふー…ん』

途端に日番谷の食べる勢いが弱まり、手が止まってしまった。
そして、せっかくのこのパーク名物の長い肉まんを、半分に千切ってしまった。
千切った半分の片方を、ぶっきらぼうに一護に差し出した。

『やる…』
『え…?いいよ…お前全部食っていいんだぞ?』
『お前コレ食った事あんのかよ…』
『いや…ねえけど…でもいいって!お前そーゆーの好きじゃん』
『……』

一護のにっこりと微笑まれ、日番谷は手を一度引っ込めた。
だが、自分だけ美味しいものを食べているのも気が引けるし、見られながら食べているのもはずかしい。
そんなことを素直に言える日番谷でもなかったので、少し考えたあげく出た言葉は…

『他にも色々食いたいから…腹一杯になっちまうだろ!』

という、なんともだだっ子のような台詞だった。

しかし、一護は一瞬ポカンとしたものの、すぐに優しい笑みを浮かべ、『ありがとな』と言いながら日番谷から半分に割った肉まんを受け取った。

『うは…うめぇ!』

高校生らしい豪快な食べっぷりを眺めていた日番谷だったが、自分もそれに習い思いっきり口いっぱいに頬張った。
小さな口では、一護のように食べられないのがちょっと悔しい。

二人で食べ終わった後のゴミを捨て、ぶらぶらと散策を始めた。

デートはまだ始まったばかり、一日はまだまだある。
そう思うと嬉しくて仕方ない二人の足取りはとても軽く、再び目が合った時お互いにはにかみながらも微笑み合い、つないだ手に力を込めた。