『ひな祭り』(一護、高校生。冬獅郎、園児)

今日はひな祭り。
親父は朝からとんでもなく張り切って、オレの妹達に可愛らしい赤や黄色の着物を着せ、庭やら和室やらで写真を撮りまくっている。
遊子は普段滅多に着ない着物に嬉しそうにはしゃいでいる。
夏梨はすこしうざったそうに、でもまんざらでもない様子で、カメラに向かって笑っている。
色違いのお揃いで仕立てられた着物は、二人にとても良く似合っていた。

男のオレには全く関係のないイベントだ。
もちろん、オレの足元にしゃがみ込み、折り紙で遊んでいる冬獅郎にも関係のないはずだった。
だが、しばらくすると親父は何を思ったか、冬獅郎にも着物を着せたいと言い出した。

『こんなにかわいいんだからきっと似合うぞ!早速着付けしてもらおう!』
『おいおい…なにを言い出すかと思えば…こいつは男だぞ…』
『いーじゃんか一護!小さいうちは男も女もたいして変わらないじゃないか!こんなに可愛いうちに写真に残さないなんてもったいないぞ!』
『はー……好きにすれば?』

興奮してまくしたてる親父に素っ気なく返事をし、冬獅郎に視線をやると、なにやら自分が話題になってることはわかるらしいが、なんの話かまでは理解していないようで、不思議そうな表情できょとんとしている。

『さあ!行くぞ!』

すっかりその気の親父に連れられ、着物を持って近所の着付けが出来るおばさんのところへ行ってしまった。
不安そうにオレを振り返ったので、着いて行ってやろうと思ったが、着付けなんて、オレがいても邪魔になるだけだからと思ってやめておいた。
軽く微笑んでやると、冬獅郎は少し安心した顔になった。
妹達も一緒に行ってしまい、一人残ったオレは立ち上がって大きく伸びをした。
リビングに出された大きなひな人形。
7段飾りで結構豪華なものだ。
オレの単語の節句の時は、確か親父が兜を手作りしてくれた……新聞紙で。
なんだかむかついてきたので、ひな人形に目を戻した。
まじまじ見ていると、人形の顔は結構不気味に見えて来て、ちょっと怖いかも…なんて思いながらぼけーっとしていると、一足先に帰って来た遊子が、ひなあられを持ってきてくれた。

『はい!お兄ちゃん』
『お、サンキュー』

着物を着ているせいか、いつもよりおしとやかな動きの遊子に微笑ましいものを感じてしまう。
テーブルに広げられたひなあられを掬い取り、口に運ぶ。
小さい頃は特別なお菓子だと思って、妹達のお裾分けが嬉しかったものだが、今となってはただの甘いあられだった。

(あいつは大好きだろうけど…)

ぽりぽりあられを食いながら、再びぼうっとしていると、玄関が開く音がして続いて『ただいま!』という親父のやかましい声が聞こえてきた。

『おかえりなさい!おとうさん!わあ!可愛くなったねえ』
『だろう?正直父さんも、ここまで似合うとは思わなかったぞ!』

遊子がぱたぱたと着物の袖を振りながら玄関へ出て行き、親父や夏梨となにやら楽しげに騒ぎだした。
つづいて、小さな声が聞こえる。

『きついよお…くるしぃー』

どうやら本当に着物を着せてもらったらしい。
妹の小さな頃の着物を着た冬獅郎に、オレはだいぶ興味はあったが、玄関まで出て行くのもなんだかがっついているようで嫌だったので、ぐっと我慢し、足を組み直して、何気ない顔であられを食う。

『いちごぉー…』

すぐに、とてとてとちいさな足音を立てて、冬獅郎が部屋に入ってきた。

『…!』

ヤバい…。
とんでもなくかわいい…。
確実にさらわれちゃうくらい可愛い…。

赤に黄色や青や白でたくさんの花が描かれた着物。
ピンクの帯には金色で刺繍がしてある。
お花の髪飾りまでご丁寧につけられていて、鈴がついているそれは、冬獅郎が動くたびに、ちりんちりんと鳴っている。
慣れない着物で足がうまく運べないのか、いつも以上によたよたとおぼつかない足取りで歩いてくる。
その歩き方もあんまりにも可愛らしくて、オレは言葉も出ないまま、冬獅郎を見つめていた。

『いちごー』
『と…冬獅郎!』

もうこれ以上なに食わぬ顔でふんぞり返ってもいられず、オレはすぐ立ち上がって冬獅郎の小さな手を取り、歩く手助けをしてやった。

『きついーきものー』
『なんだか…着物に着られちゃってるみたいだなお前…』

眉をよせて見上げてくる可愛らしい顔をなでていると、カメラを片手に親父が冬獅郎を呼ぶ声が聞こえた。

『おーい!写真とるぞー!』

すでに妹達はスタンバイしていて、後は冬獅郎が真ん中に座れば完璧なようだ。

『冬獅郎?いくか?』
『う…ん』

苦しそうに返事をして、ひな壇の前に向かおうとするが、またしてもよたよた歩く姿に、オレはなんだか哀れになって、冬獅郎を抱き上げて連れていくことにした。
だっこして、妹達の間に座らせてやる。
オレはまたリビングに戻って、カメラマンと化した親父と、そんな親父のアイドル達の見学をしていた。

(何枚撮る気だよ…)

さんざん色々なポーズで撮りまくり、親父はようやく満足したのか、解放された子供達が戻ってきた。
冬獅郎はすっかりくたびれてしまったようだ。
椅子に座らせてやったが、帯が苦しいのかきちんと座れないでいる。
すぐに椅子から降りて、立ってうろうろしている。
立っていたほうが楽らしい。

『はい!冬獅郎くん!』
『なに?これ』
『あられだよ!おいしーんだよ!』

遊子からひなあられの入った、和紙の袋を受け取り、美味しいと聞いて、冬獅郎は早速あられを食べはじめた。
両手でつかんで食べる上、立ちっぱなしで食べているので、ぼろぼろこぼしながら。
更にはこぼしたあられを踏みつけて、粉状にすりつぶしてくれている。
何を行っても今は無駄なので、しばらく放っておくことにする。

『いちご!ジュース!』
『へいへい』

あられで口のなかが乾燥したらしい冬獅郎は。喉をけほけほ言わせながら、まだ食べている。
こいつの食い意地は半端じゃない。
冬獅郎の両手が砂糖でべたべたなので、ストローで飲ませてやると美味しそうに飲んだが、腹が膨れたことによって、ますます着物が苦しくなったようだ。

『これ…ぬぐ…』
『だな…苦しいもんな…もう親父も満足しただろうし、脱ごうか』
『どうやってぬぐの?』
『さぁ…オレにもさっぱり』

あんまりにも可愛いので、逃せてしまうのはもったいなかったが、苦しいのはかわいそうだったし、先ほど親父がコレでもかと写真を撮っていたので、後はそれを眺めて我慢しよう。
着物の脱がせ方なんて、よくわからなかったが、とりあえず帯を解かないと先に進めなそうだ。
帯を取り払うと、また細い帯が出て来て、それを解く。
想像以上に重ねられていた着物を全部脱がすと、ようやく『ふー』と息を吐いて、冬獅郎は落ち着いたようだった。

(こんなにがっちり着せられてたのか…)

少し呆れながら、自由になってご機嫌な冬獅郎を見た。
脱ぎ散らかした着物はどう纏めていいかわからなかったので、部屋の隅に邪魔にならないように置いておいた。
後は親父が片付けてくれるだろう。
着物を纏めている間に、あっという間に視界から消えた冬獅郎は、パンツ一枚でジュースを飲んでいた。

『こら!ちゃんと服着てからだ!』
『やだ!』

着物の苦しさから逃れる事の出来た開放感を味わっているらしい。
トレーナーを冬獅郎の頭からかぶせていると、トイレへ行っていた親父が戻ってきて、既に着物を脱いでしまったことにものすごくがっかりされたが、知ったことではない。

服を着せてから、冬獅郎の髪がまだ結い上げられたままだったことに気づいたが、なんだかそんな姿が面白くて可愛かったので、風呂に入るまで放置しておくことにした。
全くうちの連中ときたら、本当に良く冬獅郎で遊んでくれる…。
冬獅郎が大きくなって、今日の写真を見た日にはなんて思うだろうか…なんて先のことまで心配になってきた。
ため息をつきながら、冬獅郎の将来を心配したが、もっと似合うくらい綺麗になっちゃってたらどうしよう…。
我ながらいけない想像をしてしまい、自分の変態さに愕然とした。
オレはまだ高校生なのに…。

そんなことでオレが悩んでいるなんて、知りもしない冬獅郎は、手にたくさんのあられを握ってオレのところまで持ってきてくれた。
手を開いて、ちっちゃい手のひらにべったりくっついたあられを食えと差し出してくる。
今までオレの頭では、成長してとても可愛くて美人になった冬獅郎が微笑みかけてくれていたのに、目の前では現実の冬獅郎が、口の周りにあられをくっつけている。
まずはちゃんとしつけをしないと…。

それから、床の掃除もしなきゃな……。
今日もオレのため息は尽きる事がない…。