『いちごがいちばんだぞ!』(一護、高校生。冬獅郎、園児。)


『なーいちろー、さむいか?まふらーまいてやるぞ』
『あったけーだろ?ふわふわだからな!』
『いちろーリボンがまがってるぞ。おれがなおしてやるからな』

朝から冬休みの宿題に取りかかり、一段落ついたオレは自室のベッドに体を投げ出してマンガを読んでいた。
別にそのマンガが読みたくて宿題を頑張った訳ではない。
宿題を終えたら、かわいいかわいい弟の冬獅郎と目一杯遊んでやろうと思っていたのに。
マンガの内容は全く頭に入って来ない。
さっきから傍らでかわいい声がずっと話しかけているからだ。

ぬいぐるみに。

そのかわいい声の主、冬獅郎はお気に入りの『いちろー』と仲良く遊んでいる。
当たり前だが、全部冬獅郎の独り言。
『いちろー』は今年の冬獅郎の誕生日に遊子と夏梨と親父がプレゼントした白いウサギのぬいぐるみだ。
冬獅郎は自分の体よりも大きなそのぬいぐるみがとんでもなくお気に入りで、一日中離さず連れ回している。
今日も朝起きた時から片時もぬいぐるみから離れない。

せっかく冬獅郎と遊びたくて頑張っていたお兄ちゃんはこの通り放置だ。
そりゃふてくされても仕方ないだろ。
高校男子としては少々情けないが。

ぬいぐるみに出会う前までは、あんなに『いちご!いちご!』と毎日うるさい位纏わりついてきてたのに、離れてしまうとなんだかさびしい。
オレはさっきから全く読み進めていない漫画をぱらぱらとめくりながら、冬獅郎の楽しそうな様子をちらちら盗み見していた。
くそう…オレの冬獅郎があんなぬいぐるみに奪われる日がくるなんて…と恨み言が頭をぐるぐる駆け巡る。
我ながら情けないと思いつつも、恨みがましい目でなんの責任も無いぬいぐるみを睨みつけてしまう。

『いちろー、おれがほんをよんでやるぞ』
『どれがいいかな…これかな…』

ぬいぐるみの身の回りの世話を一通りし終わったらしい冬獅郎が立ち上がって自分の本棚を物色し始めた。
どうやら、今度はいちろーに絵本を読んでやるらしい。
自分の身の回りのことは何もしないくせに、やたらかいがいしいのがまたしてもオレの心に切なさを呼ぶ。

数冊の絵本を持ってぬいぐるみの前にどんと座った冬獅郎は、真剣な顔で表紙をいちろーに見せている。
かわいい姿だが、なんだか可哀想な子にも見えてしまう…。

このまま、郎h氏郎がずっとぬいぐるみに話しかけながら成長したらどうしよう。
急にそんな不安が頭をよぎった。
そんなことある訳もないが、ほんの少しだけ焦ってしまったオレは、マンガを傍らに放り投げて絵本を選ぶのに夢中な
冬獅郎に呼びかけてみた。

『とーしろー』
『…いまいそがしいんだ!あとにしろよ』

ちっちゃいクセに言うことは偉そうだ。
ちらりと時計を見るともうすぐ昼飯時。
朝から宿題と戦っていたオレはすでに空腹だし、冬獅郎もそろそろ腹も減って来た頃ではないかと思いついた。

『冬獅郎さ、今日のお昼は外にドーナツ食いにいこっか』
『ん…んーん、いちろーがいるからいい。いちごがドーナツかってこいよ』
試しに軽く誘ってみたが、あっさり断られた。
一瞬返事に間があり、冬獅郎が本を捲っている動きが止まったので、外に行くかどうか考えているように見えたその動作も
絵本を決めかねてオレの質問に答えるのが面倒だったからのようだ。

更に悲しいのは冬獅郎の誕生日にオレが買ってやった、薄緑のかわいらしいふわふわのマフラーと帽子は、今はいちろーの首に巻かれて片耳に乗っていることだ。
何度見てもため息が出る。
(耳に帽子はねーだろーよ…)とどうでもいいことに突っ込みながら更にため息が続いて出てしまう。

二人で外の公園やら町の方まで出かけて、あのマフラーと帽子をつけた冬獅郎と思い切り遊びたかったのに。
もういじけるしかないオレは、壁に寄りかかり大きくうなだれた。

『……』

しばらくそうしていると、視線を感じた。
さっきから冬獅郎がたてていた物音もしない。
目だけで冬獅郎の方を見ると、冬獅郎がオレの様子を伺いながら、じっと見つめているのがわかった。
だが、どうせオレよりいちろーだろ…と、すっかりふてくされたお兄ちゃんは昼寝でもしようと決め、上着に来ていたカーディガンを脱いだ。

すると、そのオレの様子をまだじっと見ていた冬獅郎が、すっと立ち上がりとてとてとかわいらしい足音をたててベッドに向ってきた。
そして、オレのベッドによじ上って投げ出されたオレの足の上にちょこんと座った。
軽い冬獅郎は足に乗られても重くはなくて、あったかくて気持ちがいい。
やっとオレの元に来てくれた弟を抱きしめようと両手を上げた時、冬獅郎はその小さな手でオレの服をぎゅっと掴み、大きな瞳でじっとオレの顔を見上げてきた。
どうやらオレがすねてしまったのを心配してくれているようだった。

『いちご』
『ん?どした?冬獅郎』

オレの名前を呼ぶ声がかわいい。オレを見つめてくる綺麗な目がかわいい。
思わずにやけそうになる頬の筋肉に力を入れて、先程から空中に停止したままの両手をちいちゃい背中に回した。
すっぽりどころか、簡単に腕のなかに収まる小さな体。
だが、大人しく収まってくれたわけではなく、服を掴んでいた手を背中に回された両腕にかけて、オレの足にまたがるように座っていた
冬獅郎は腕を支えにしてその場に立ち上がった。
オレの太腿のうれにこいつが立つと、ちょうど目線が同じくらいになる。
ずいっと冬獅郎が顔を近づけてきた。

『いちご、おれがいちばんすきなのは、いちごだからな。あんしんしろよ』

内緒話をするように耳元に口を近づけて小さな声でそう言った。

そして体を少し離してにこりと笑った。
オレの大好きな天使の笑顔だ。

『冬獅郎…』

感激のあまり、抱きしめて頬ずりしようとしたその時だった。

『いでででっ!』

冬獅郎がオレの太腿を踏んだまま勢い良く体の向きを180度変えたのだ。
小さい足が太腿の肉に食い込んですごく痛い。


『何だよいきなり…』
『んと、いちろーがさびしいっていってるから、いちご!またあとでな』
『え…ちょ…』

するりとオレの腕から抜け出た冬獅郎は、床に置いていた絵本を素早く拾うと、自分のベッドに座らせているいちろーの所に戻ってしまった。
そして『ピーターパン』に決めたらしい絵本の朗読を始めた。

未だじんじんする足をさすりながらオレの目からは一雫の涙がこぼれた。

もうどうでもよくなって勢いよく枕に突っ伏し、目を閉じた。もうふて寝するに限る。
たどたどしく絵本を読む冬獅郎のかわいらしい声を聞きながら、オレはいつしか眠りに落ちていた。

夢を見た。
あのウサギのぬいぐるみが言葉を話し、動き出して冬獅郎と外で遊んでいるという、なんとも気分の良くない光景だった。
冬獅郎といちろーが並んでブランコに乗り、二人そろってとんでもない勢いでブランコを漕いでいて、なぜかその目の前にいたオレの頭に二つのブランコが激しく激突する
という所で目が覚めた。
嫌な夢だな…と目を擦ろうとした時、腕になにかが乗っているのに気づいた。左腕が暖かい。

左に視線をやると、オレの腕にしがみついてすやすや眠る子供がいた。
寒いのか手足をオレの左腕に絡ませている。

これはしばらく動けないなと思い、頭だけ動かして冬獅郎のベッド見ると、数冊の絵本が散らばっていて
その真ん中にいちろーが先程と同じ状態で座っていた。
ピーターパンの後にも何冊か読んでやったらしい。
絵本を読んでいる途中で眠くなってしまったのだろうか。
オレも結構な時間うたた寝したらしい。

冬獅郎は踞った状態で寝ているためとんでもなくかわいい寝顔は見えないが、ぎゅうっとにぎりしめられた手だけでも満足出来るオレだ。
気がつけば、布団をかけずに寝ていた為少し体が冷えている。
冬獅郎も寒いからこんなにまん丸くなってオレにしがみついているのだろう。
起こさないようにそっと左腕から冬獅郎をはがし、胸元に抱き寄せる。
そして、改めて布団をかけ2度目の昼寝に突入することにした。
ぐーぐー鳴っている腹は今は無視することにして、今度はとてもいい夢が見ようと瞼を閉じた。