『いちごのばか!』(一護、幼稚園の先生。冬獅郎、園児)

冬獅郎が、同じカナリヤ組の男の子に怪我をさせたという情報を、仕事の合間、一息ついていた時に聞き、一護は驚いて持っていたコーヒーの入ったマグカップを、危うく落としそうになった。

(あっぶねー…)

このマグカップは、幼稚園でオレが使おうと買いに行った時に冬獅郎が選んでくれたものだ。
大きめで、持ち手が握りやすく、色は少々ポップで可愛らしい。
その宝物を割る訳にはいかない。

(ってそうじゃねぇ!)

慌てて席を立ち、自分の担当のカナリヤ組へ脱兎の勢いで向かう。

カナリヤ組の室内ではたくさんの園児達が、何かを囲むようにぎゃあぎゃあと騒いでいる。
その円の中から子供の泣きわめく声と、あやすような隣のブンチョウ組の先生の声が聞こえた。
子供達の輪をかき分けて、円の中心へ入って行くと、すぐに気がついたブンチョウ組の先生が一護を振り返った。

『あ!黒崎先生!』
『!』

困ったように一護を見る隣の組の先生と、その腕の中で泣きじゃくる男の子。
そして、一護の名前を聞いてびくっと肩を震わせる、うずくまった冬獅郎。

『冬獅郎!…先生どうしたんですか?何があったんすか?』
『黒崎先生…実は…冬獅郎君が……』

先生から聞いた話と、一連の流れを見ていた園児達の話を総合すると、冬獅郎とクラスで一番身体の大きな男の子がなにやら言い合い、冬獅郎が転がっていた積み木を思い切りその子に投げつけて、怪我をさせたらしい。
一護は背を向けている冬獅郎に、詰め寄った。

『冬獅郎どうしたんだ?何があったんだ?』
『………』

膝を抱え、顔を隠すように踞った冬獅郎は何も答えない。

ざわざわと園児達が見守っているなか、怪我をした男の子の泣き声がひときわ大きく耳に入る。
何を聞いても答えようとしない冬獅郎。
そんな様子に飽きた子供達は、さっさと外へ遊びに行ったりしていた。

冬獅郎は友達を作ろうとしないから、これまでケンカなんてしなかった。
一人でいることがほとんどで、それを他の園児にからかわれても、だいたい知らん顔してやり過ごすことが多い。
言い返したりもするが、ケンカまで発展したことはなかった。
大人しい子のはずだった。
冷めているともいうが…。
そんな冬獅郎が他人を怪我させるなんて…。

一護の頭は混乱していた。
一護が相手してやらないとすぐ拗ねて、物に当たったり、物を壊したりはするが、人に向かってモノを投げつけたり、怪我までさせるなんて…ああ見えてもとても優しい冬獅郎が…。
信じられなかったが、事実は事実だった。
惚けている一護に、隣の組の先生が声をかける。

『黒崎先生…』
『…あぁ…はい』

もうすぐ園児達の母親が迎えにやってくる時間だ。
バスの準備も始まる。
園児達の保護者が出てくると、とても面倒な問題になりかねないので、出来れば原因だけでもはっきりさせておきたい。
一護は少し焦ってしまっていた。
冬獅郎へ更に詰め寄り、強い語気で叱りつけた。

『冬獅郎!他の子怪我させちゃだめだろ!ちゃんと謝れ!』
『……』
『お前が悪いことしたんだからちゃんとごめんなさいって言うんだ!ほら!冬獅郎!』

全く反応のない冬獅郎にしびれを切らし、一護は手を伸ばし踞る子供の襟首を掴んで持ち上げた。

『こら!冬獅郎!』
『!は…はなせぇ!』

一瞬一護の動きが止まった。
いつも一護に怒られたときの様に、ぶすっとふてくされた顔を想像していたのだが、覗き込んだ顔を見て驚く。
冬獅郎がその大きな大きな瞳から、ぽろぽろ大粒の涙をこぼしていたから。

『冬獅郎?』

またしても惚けてしまった一護だったが、足をジタバタさせている冬獅郎のつま先が太ももに当たり、我に返る。
腕の力を抜いて、暴れる冬獅郎を床に降ろす。
足が床に着いたとたん、冬獅郎はものすごい勢いで外へ飛び出していってしまった。

『あ!冬獅郎!』
『冬獅郎君!』

慌てて一護は後を追いかける。
幼稚園の庭においてある自分のサンダルを引っ掛けて、エプロンもつけたままで。
小さくても足の早い冬獅郎は、裸足のままあっという間に幼稚園の外の道路へ走って出て行ってしまった。
普段は閉めっぱなしで鍵のかかっている門なのだが、子供達の親が迎えにくる時間になると門を開けておく。
だが、この騒ぎで先生達も門への意識が薄れていた。

(しまった!)

庭で遊ぶ子供達が、一護が出てきたのに喜んで足下に纏わりついくる。
うまく走れない。
それこそ蹴飛ばしたりしたら大変だ。
それでもなんとか門までたどり着き、園外へ出ていったん門を閉める。

『すいません!オレあいつ探してきます!』

遠くで心配そうな顔をしている他の先生に言い残して、走り出す一護。
冬獅郎が門を出て左へ行ったのまでは見ていた。
迷わず左に走り出す。

『冬獅郎!冬獅郎ー!』

大声で叫びながら速度を落として走る。
一応木の影や、隣接している家などの脇もみながら。
園児達を迎えにきた母親が怪訝そうに一護を見ていたが、今はそれどころじゃなかった。
いつも冬獅郎は一護と一緒に帰る。
園児達を送り届けてきたバスが幼稚園に戻って、一護の仕事が終わってから、またバスを出してもらって帰るのだ。
なので冬獅郎は歩いて帰る帰り道を知らない。
それにこの寒さで上着も着ないで、靴も履かず飛び出してしまった。

(冬獅郎!)

一護の顔が青ざめた。
車になんてはねられたら…!
転んで怪我でもしてたら…!

悪い方へどんどん思考が流される。
しかしそれだけが心配なのではない。
可愛らしくてとても目立つ容姿の冬獅郎。
一護の一番の気がかりはそこだった。

もしさらわれたりでもしたら……!

冷や汗と脂汗が一気にどっと出る。

『冬獅郎!』

なりふり構わず叫んだ。
どこに行ってしまったのか…。
嫌な考えばかりが浮かんでしまう頭を左右に大きく振り、一護は前を見据えて走った。