『いちごのばか!2』

『はぁ…はぁ…くそっ!冬獅郎どこだよ!』

息を切らせながら走る。
狭い路地や空き地もくまなく探すが、目的の小さな子供は見つからない。
冬獅郎の行きそうな所なんて、ほとんど思い当たらない。
いつも一護の家か、近くの公園くらいにしか行かない。
一人の時はほとんど家から出ないと聞いてもいた。

『まさかな…』

突然一護の頭に浮かんだ風景があった。
立ち止まって思いを巡らせる。
動きを止めた途端、体中から吹き出す汗。
冷たい風が汗を冷やすが、一護は気にも留めずに秋の日を思いだす。

一度だけ二人で休みの日に行った、大きな公園。
いつも行く公園とは反対側にあって、大きな道路を渡って行かなければならないので、面倒なのと、車の通行量が多いため、危ないからと言う理由で一度しか連れて行っていない。
冬獅郎はその公園の大きな噴水を、目がこぼれ落ちそうなくらい見開いてじーっとみていたり、近所の公園には無い遊具で元気に遊んだりしていた。
普段はあまり騒いだり笑ったりしない冬獅郎を見ながら、一護は心が和んだのを覚えている。
いつかまた連れて行くから、と約束してだいぶ経ってしまった。

まさか、冬獅郎一人であそこまで行けるとは思えないが…
でも道がわからくても、大通りまで勢いで出てしまえば、大きい公園の入り口がすぐ見えるので、あり得ないことではない。

一護は迷わず大通りに向かって走りだした。
もう既に確信に近いものを持っていた。

(ちゃんと横断歩道渡れただろうな…!)

早く公園に入りたい冬獅郎が、まだ信号が赤なのに一護の手をぐいぐい引っぱり、横断歩道を渡りたがったのを思いだす。
そう言えば近くに歩道橋もあった、それを登ったかもしれない。
小さい体で危なっかしく階段を上り下りする姿が目に浮かんで、一護は走るスピードを上げた。
サンダルを履いてきたので、走りにくく思うようにスピードが出ないのがもどかしかった。

ほどなくして大通りにでた一護は、信号が赤なのを目の端にとらえると、迷わず歩道橋へ向かった。
歩道橋の上から公園の中が見渡せるかも…と走るのをやめ、手すりから体を乗り出すが、大きく育った木々で中は見えない。
道路から公園を隠すように植えられた木々に舌打ちをし、入り口まで走った。
公園で過ごす人々に安らぎを与えるはずの木も、今の一護にはいまいましい邪魔な存在でしかなかった。

公園に入ると、取りあえず立ち止まり周りを見渡す。
視界に映る範囲には冬獅郎は見当たらない。
まだ昼前ということもあり、公園は閑散としていた。
犬の散歩をしている老人と、何やら絵描き風の青年の姿が確認出来るくらいだ。
普段ならとてものどかな風景だ。
息を切らしている一護に、犬が不思議そうな目で見ているのがわかる。

公園の入り口からすぐ近くに子供達の遊ぶ遊具が多く設置されており、噴水もここにある。
そして、公園の奥、人工的に作られた小さな川の上に架けられた橋を渡ると、その先には小さな池や、散歩コースなんかも設置されていて、人々の憩いの場として活躍していた。

一護はまず遊具の周りを探しまわる。

『冬獅郎!冬獅郎ーーー!!!』

大声で叫ぶと、先程不思議そうに一護を見ていた犬が驚いて、一護に向かって吠えてきた。
遊具や噴水の周りに姿が見えないのを確認すると、一護は公園の奥へと走る。
小さな橋を壊すのではないかという勢いで走り抜け、開けた散歩コースへたどり着いた。
目の前に広がる池の周りには、たくさんのベンチが設置されており、今は誰もいない……。
小さな川の流れの音だけが一護の耳に響いていた。
…と思ったのだが。

「ぽちゃんっ」

と水音が聞こえた気がした。
振り向き、その音がした方へ目を向けると、一護からは裏側しか見えないベンチがいくつかある。

「ぽちゃんっ』

やはり水に何かを投げ込む音がする。
良く見ると、ベンチから何かが飛んで行き、池へ落ちているようだ。
池にはゆっくりと広がる波紋が見えた。

ほっとしたような、疲れきったようなため息をつくと、一護はそのベンチにそっと近づくと上から覗いてみた。
ふわふわの銀髪が見えて、今度は本当にほっとしたため息をついた。

『冬獅郎…?』
『…!』

そっと驚かせないように名前を呼ぶと、ビクリと肩を震わせ冬獅郎は振り向いた。小さな体で大きなベンチに座り、横にはどこから集めてきたのか小さい石ころがたくさんおいてあった。
どうやらそれを池に投げ込んでいたらしい。

『いち…ご…』

一護の姿を目にして、途端に冬獅郎の顔がみるみる歪んでいき、大きな瞳がゆらゆら揺れはじめた。

『ふ…ぇぇ…』

泥の付いた小さな両手を顔に持って行って、泣き出してしまった。
よく見れば履いていたくつしたも片方無いし、かろうじて履いているもう片方も破れたり、泥で汚れまくっている。
どこを走ったらこうなってしまうのか…というくらい小さな体はぼろぼろだった。

『あぁ!冬獅郎!そんな手で目こすっちゃだめだ!』

一護は慌てて冬獅郎を抱きあげ、目を擦っている手をはがした。
着けていたエプロンで、泥だらけの手をごしごし拭いてやった。
その間もずっと冬獅郎は大きな声をあげて泣き続けていて、とりあえず泥を拭き取った手を自由にしてやると一護にしがみついてきた。

『いちごぉ…!』
『冬獅郎…』

色々聞きたいことはあったが、落ち着くまではと一護は好きなだけ泣かせてやることにした。
泣きわめいている子供には、何を行っても聞いてくれないから…。
背中をぽんぽん叩きながら、一護はベンチに座り冬獅郎を膝に乗せて抱きしめた。
想像通り冷えきってしまっている小さな体を温めるように。

『…ぅ…ひっく…ひぃっく』

どうらや少し落ち着いてきたようだ。
相変わらず一護にしっかりとしがみついたまましゃくりあげている。
エプロンは涙と鼻水でべたべたになってしまった。
冬獅郎相手では日常茶飯事だ。
一護はポケットからティッシュを出して、まず冬獅郎の鼻を拭いてやって、次に涙を拭ってやった。

『冬獅郎?大丈夫か?』

出来るだけ優しく声をかける。
頭をなでながら囁くように言ってやると、冬獅郎は頭を一護の胸に擦り寄せてきた。
そして、頬に手をかけると冬獅郎の顔を覗きこみ、真相を訊ねることにした。

『冬獅郎…ちゃぁんとお話してくれるか?』
『……いちご…おこる?』
『怒らないから…何あったか教えてくれるか?』

冬獅郎は一護の顔をしばらくじっと見つめて、考えるように視線を彷徨わせていたが、一護が優しく笑いかけると、さっきあんなに泣いたのにまたしてもおっきな目にたくさんの涙がたまってきた。
そして、もう一度一護の胸に顔を埋める。

『…っ…だって…だってね』
『ん?…どうしたんだ?』

一護のエプロンをぎゅうっと握りしめながら、冬獅郎はたどたどしく話し始めた。小さい声はくぐもって聞こえずらかったが、一護は耳をそばだて一生懸命聞いた。