『いちごのばか!3』

『だってあいつが…いちご…いちごのわるくちゆうんだもん……!』
『え?おれの?』
『おれがね…いちごひとりじめしてるってゆわれたから、ちがうもんってゆったんだ!そしたら…ひっく…いちごは…おれのことほんとはじゃまだって…ひっく…おれがいなかったらいちごは…っく…もっと…たのしー…って……ふぇぇ…』

しゃくりあげながらも、冬獅郎は頑張っていきさつを話してくれていたのだが、その時の様子を思い出したのか、またしても声をあげて泣き出してしまった。
背中を撫で、優しくなだめつつ、まだ一生懸命話そうとしてくれる冬獅郎の言葉をまとめる。、

一護は、冬獅郎が入園してからというもの、元々世話のかかる子供だというのもあるが、少しかまい過ぎかと思う程に冬獅郎の世話を焼いた。
一人ではトイレも行けないし、着替えも出来ない。
お弁当は食べるのが遅いし、散らかし放題。
更に、冬獅郎もとんでもなく人見知りだった。
だが、なぜか一護にはすぐに懐いて、それからは一日中一護から離れようとしなlかった。
冬獅郎がまだ入園していなかった頃は、みんな平等に一護と遊んだり、お弁当を食べたりしていたのが、冬獅郎が通ってくるようになってからは一護は確かに冬獅郎を贔屓してしまっていて、それは否定できなかった。
そのことについては、一護も反省していて他の子供の面倒も見なくてはと思っているのではあるが、如何せん冬獅郎が一護にしか懐かないということで、周りからも自然の流れで暗黙の了解となっていた。
それが、周りの園児達からは「冬獅郎の一護先生独り占め」と見えてしまい、嫉妬の対象となったのだ。

そして、けんかの弾みで言われてしまった「おまえなんかいない方がいい」という言葉に冬獅郎はショックを受け、思わず近くに転がっていた積み木を投げてしまったということだった。

一護としてはどちらが悪いとも言えず、とても複雑な気持ちだった。
みんな一護と遊んでほしいし、冬獅郎は人見知り過ぎて一護にしか懐かず、周りの先生では口もきかない。
そんな状況をただしてやるべき立場の一護達が、今までこの問題を先送りにしていて、結局悪いのは一護たち大人の方だったから。

冬獅郎の口から聞かされた言葉と、不満を日々抱えていた園児達の心を想い、思わず惚けてしまった一護の顔を覗き込み、冬獅郎が不安そうな瞳を向けてきた。

『いちご…?おれきらい?…いなくなったほうが…いいの?』

涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて、悲しそうに言葉を紡ぐ冬獅郎。
またしても、まあるいほっぺの上を、大粒の涙が滑り落ちる。

『ばか!んなわけねーだろ!オレは冬獅郎が大好きだよ』
『…ほんと?』

襟元を涙でぐっしょり濡らしている子供を抱き寄せ、一護は冬獅郎のふわふわの髪に顔を埋める。

ほんともほんと。
はっきり言ってしまえば、一護は異常なくらいにこの自分の膝の上で小さくなって縋りついてくる子供が好きだった。
弟のようで、息子のようで……それ以上のなにか。
少し危ないかも…しれない…と思うくらいに。

名残惜しげにいい匂いのする冬獅郎の髪から顔をあげた一護は、ゆっくりと優しく言い聞かせるように口を開いた。
心にも無いことだと自分で気づき、内心苦笑しながら…。

『でも…あの子の言うことも分かるよな?』
『…うん』
『オレさ、みんなとも遊べるようにしなきゃな?』
『……』
『もちろん冬獅郎も一緒にだぞ?』
『…え…?』
『冬獅郎さ?帰りはオレと一緒に帰るし、ママが帰ってくるまでオレとたっくさん遊べるだろ?』
『…うん』
『だから、幼稚園にいるときだけはみんなとも遊ぼう?』
『…みんなと…?』
『みんなと友達になって一緒に遊べば楽しいし、ケンカなんてしないぞ?』
『…いちごもいっしょ?』
『あたりまえじゃん!』

途中までは不安そうな、今にも泣きそうな顔で頷いていた冬獅郎だったが、一護も一緒だと聞いて、泣くことはこらえたようだ。

『楽しいぞ?みんなでサッカーやったり、トランポリンしたり…』

そう言って一護は冬獅郎の頭をくしゃっと撫でた。
冬獅郎は少し不安そうな顔をしながら考え込んでいるようだ。
元々たくさんの人数で大騒ぎしながら遊ぶのが苦手な子だ。
ただ、どうしていいのか分からないのだ。
だからと言って、一人でいるのが好きな訳じゃないことは、一護が良く知っている。

『じゃあ、早速明日みんなで遊ぼうな?』
『う…うん』

まだ少し不安そうだが、とりあえずは頷いてくれたようだ。
一護はクスリと笑うと、ティッシュを出して、冬獅郎の顔を丹念に拭いてやった。
綺麗になった顔の覗いてにっこり笑う。

『よし、それじゃあ、帰ろう?冬獅郎』
『あ…でも…いちご…』
『ん?』
『あし…あしがいたくてあるけないよぉ…』
『え!怪我でもしたのか?』

小さな手で膝を抑えて、足が痛いと訴えてくる。
一護は驚いて問い返しながら、冬獅郎の足を片方ずつ念入りに調べる。
大きな怪我はしていないようだが、擦り傷が何カ所かあり、靴も履かずにここまできたのだ、足への負担も大きく、痛くなって当然だった。

『ちょっと待ってろ!』
『いちご?』

近くにあった水飲み場で、一護はエプロンを外しそれを濡らし、軽く絞った。
すぐにベンチに戻って、冬獅郎がまだ片方履いたままだった破れた靴下を脱がせ、両足を念入りに拭く。
泥を落とした足は多少痣があるが、やはり大したことはないようだ。
ほっとしてエプロンを広げ泥をたたき落としていると、冬獅郎がエプロンを見つめ、小さくつぶやいた。

『いちご…えぷろんが…』
『洗うから平気だよ。タオルとかないんだ、ごめんな?』
『ううん…』
『よしきれいになったな』

もう一度エプロンを固くしぼって、きちんとたたむと、一護は冬獅郎を抱き上げる。
すぐに冬獅郎の小さな腕が一護の首に巻き付いてきて、可愛らしいほっぺが肩口に埋まった。

『いちご…ごめんなさい…』
『……うん、もういいよ冬獅郎』

だいぶ疲れてしまったのだろう、ゆっくり歩いていると、公園の入り口当たりまで来たところですーすーと可愛い寝息が聞こえてきた。
少し揺らしても起きないことを確認すると、片手で冬獅郎を支え、濡れたエプロンを逆の腕に引っ掛ける。
ポケットからケータイを取り出し、とりあえず幼稚園に連絡を入れた。

冬獅郎が怪我させた子は、軽い怪我で済んだようで安心した。
その子の母親もその程度の怪我はいつものことと、笑いながら言っていたらしい。
反対に、出て行った冬獅郎のことを心配してくれていたようだ。

電話を切って、冬獅郎をきちんと抱きかかえ直し、また歩き出す。
明日はまずこいつらの仲直りからだな…と、明日一番の大仕事を想像しながら、すやすや寝入っている冬獅郎の頭に頬を寄せた。
ふわふわの髪が気持ちいい。

ホッとしたら途端に腹が減ってきた。
一護の腹の虫が盛大に鳴き出した。
そう言えば今日は午前で幼稚園は終わりなので、昼ご飯はまだだ。
冬獅郎も何も食べていないから、起きたら『腹が減った』と騒ぎだすだろう。
やれやれ…とため息をつきながら、一護は帰りを急いだ。
途中で冬獅郎の大好きなプリンを買うためにコンビニに寄ったことは、他の先生には内緒にしなくては…。