『ホッカイロ』(一護、高校生。冬獅郎、小学生)

数日前からひいていた風邪が治ってすっかり元気になった冬獅郎。
大好きな公園の噴水をまた見たいと言い出した
外は相変わらずの寒さで、朝観た天気予報では夜からは雪がちらつく可能性もあると言っていた。
そんな寒い外へ行こうとしているのに、自分の健康管理に全く無頓着な冬獅郎はといえば、シャツにパーカー…なんていうとんでもない軽装。

『冬獅郎…公園行ってやるから、もっと厚着しろ…せめてもう一枚上着着てくれ…』
『いーよ…』
『だめだ!どーせ後で寒い寒いって言ってオレの上着奪うじゃんか…』
『…わかったよ…』

ぶつぶつ言いながら2階へ上がる冬獅郎。
トントンと足音を鳴らして降りてきた冬獅郎はちゃんと薄手ではあるがコートを羽織っていた。

『それでへーきか?寒くないか?』
『ヘーきだって!』

今度はかぜひかないように気をつけなければ…と一護はしつこいくらいに冬獅郎に確認するが、そんな心配をよそにさっさとスニーカーを履こうとしている冬獅郎。

『こら!もっとあったかいカッコしなきゃだめだろ!お前すぐ風邪ひくんだから』
『めんどい』
『いーから!手袋とマフラーは?どこだ?』
『てぶくろは持ってる!』
『そか マフラーとってくるから待ってろ』
『早くしろよ!』
『へいへい…』

ったく…誰のためだよ…と思いつつ2階の自分の部屋から自分と冬獅郎のマフラーを持って階段を降りる。
階段の真ん中辺りで何かを思いついた一護。
慌てたようにもう一度部屋へ戻る。

『なんだよ!早くしろって!』
『ちょ…待って!』

玄関に仁王立ちして部屋に戻る一護に怒声を浴びせる冬獅郎。
どたどたとやかましく戻ってきた一護の手にはマフラーともう一つ何かが握られていた。

『冬獅郎!これはっとけ』
『?』
『ホッカイロだよ』
『なんだそれ』
『あったかいから!背中でいいか』
『え?』

冬獅郎がなんだか分からないような顔をしている間に、一護は後ろに周り、『何?』ときょろきょろする子供の上着をまくり上げ、パーカーの下のシャツにぺったりとホッカイロを貼った。
上着を整え、冬獅郎の背中をぽんぽんと叩き、一護は自分もマフラーを巻いて外へ出かける準備をした。
冬獅郎は背中に手をやって、居心地が悪そうにごそごそ手を動かしながら、

『あったかくねぇぞ?』
『そのうちなっから 行こう』
『ん』

なんだかまだ信じられないような顔して背中を気にしている冬獅郎だったが、一護が外へ促すと、興味は薄れ、すぐに一護についてきた。

さすがに外は寒く、顔に当たる風が冷たい。
一護は隣を歩く子供の様子を伺うと、寒そうにマフラーに顔を埋めている。
だが、昨日まで家に閉じ込められ、寝てばっかりいたせいか、久しぶりの外が嬉しいらしく、目がキラキラと輝いていて嬉しそうだった。
そんな姿を見た一護までもが嬉しくなってしまう。

ゆっくりと公園まで歩いている途中で突然冬獅郎が立ち止まった。

『お』
『どした?』
『なんかあったかくなってきた!』
『だろ?』
『すげーなこれ』

いいながら手袋を外し、手を背中に突っ込んでホッカイロを触ってみる冬獅郎。
しばらく自分の背中を撫でて、驚いたように一護を見上げ、嬉しそうな顔をした。

『ほんとにあったけぇ』
『はは 気に入ったか?』

背中に手を突っ込んだまま、歓声を上げる冬獅郎に、一護は『ほら、あんまし背中出してるとさみーだろ』と冬獅郎の手を背中から引っ張り出し、上着を戻す。
手袋をはめ直しながら冬獅郎が、ふと一護を見上げ、

『なぁ…これ燃えたりしねぇのか?』
『燃えはしねぇだろーけど やけどには気をつけないとな あつくなったら言えよ?』
『あぁ…』

相当気に入ったのか時々背中に手を入れながら冬獅郎のご機嫌は良さそうだ。
そんな可愛い横顔を見ながら一護はクスリと笑った。
しばらくして、一歩前を歩いている冬獅郎が一護を振り返りながら、

『これいつまであったかいんだ?ずっとか?』
『んー…確か12時間とかだったかな?よく見てなかったけど』
『そんなに?じゃあ寝るまであったかいんだな』
『寝るときははがさなきゃだめだぞ?やけどすっから』
『ふーん…そっか…』

そんなことを話しているうちに公園についた。

『あー……』
『今日は噴水出てないな、ん?あ、冬獅郎!12月から2月まで噴水休みだってさー』
『え!』
『寒いからなー見た目もなにもかも それに凍ったらあぶねぇからじゃねーか?』
『……』

オレはさむくねーもん…なんてことをもごもご言いながらまた背中に手を突っ込む冬獅郎。
そんな冬獅郎がとんでもなく微笑ましいと一護は思った。
噴水の出てない公園は、ただでさえ冬の寒々しい景色をより一層寂しいものに見せていた。
自分たちの他には人もいない。

『仕方ねぇなー どする?帰るか?』
『ミスド食いたい』

お腹を押さえながら空腹を訴えてくる冬獅郎。

『そーすっか お前昼食ってねえもんな』

昨日の夜から一護の家に泊まりに来ていた冬獅郎は、普段は施設の消灯が早いためなかなか出来ない夜更かしをした。
といっても、一護から見ればまだまだ早い時間だったが…。
なので、今日の朝は冬獅郎が普通に起きるなんでことがあるはずもなく、一護が寝ている冬獅郎の鼻先まで大好きなオムレツとシロップまみれのパンケーキ持って行ったが、魔法でもかけられたみたいにぐっすり眠る冬獅郎は気づきもしなかった。仕方なく冬獅郎の分まで朝食を食べた一護。
そのまま昼まで冬獅郎は寝続けたので、一護は昼も簡単にカップ麺で済ませた。
なのであまり腹は減っていなかったが、目の前でお腹をぐうぐう鳴らしている子にそんなことも言えないし、成長期の高校男子にとって、昼飯あとのドーナツぐらいなんてことない。

公園を離れ、二人は大通りへ向かう。
割と良く行くドーナツ屋は中途半端な時間のせいか店内は空いていた。
早速店内へ入る二人。
ふわっと甘い香りと、暖かい室温にほっとする。
冬獅郎はドーナツがずらりと並んだ棚を眺め、
『今日は100円じゃねーのか…』なんてぼやいている。
セルフサービスでドーナツを自分でトレーに乗せレジへ運ぶシステムの店なので、一護は冬獅郎が選ぶドーナツを次々とトレーに取っていたが、4つ目をトングで持ち上げたときにさすがに多いだろうと手を止め、

『食えんのかよこんなに…』
『食える』

きっぱりと言い切る冬獅郎。
軽くため息をついた一護は諦めたように4つのドーナツの他自分も3つ程選んでレジへ。
一緒に一護はコーヒーを、冬獅郎はジュースを注文し、会計をしている間に冬獅郎は

『先に座ってる』

と言い残して窓際のカウンター席にさっさと向かう。
高い椅子にピョンと飛び乗る姿がとんでもなく可愛らしい。
だが、空いている店内は他にいくらでも席が空いていて、ゆったり出来そうなボックス席や、ソファー席なども空いていた。
なんでまたそんな座りにくい椅子の席を選ぶのかと一護は不思議そうに冬獅郎の小さな背中に声をかける。

『またそこか?』
『いーだろ!外見れるし…』

と、冬獅郎は言い訳をするが、本当は違うのだ。

一護は食べている冬獅郎の顔をよく見たいからボックス席で向かい合うのが好きだった。
小動物のようにドーナツにかじりつく姿が可愛くて。

でも、冬獅郎はすぐ横に一護がいてくれるカウンター席が好き。
一護にじっと見られるのも恥ずかしいけど 自分も一護の顔をずっと見てるとどきどきしてしまうから…。
だから隣で近いカウンター席が好きなのだ。

会計を済ませた一護が、トレーを運んでくる。
ドーナツに目が釘付けになっている冬獅郎の前に置いてやり、隣へ座った。

『いただきまーす』

元気よく食べ始める冬獅郎を一護はしばらく眺めながらコーヒーを啜っていた。
冬獅郎の横顔を見ながら一護は最近ふとした時に芽生える自分の感情に戸惑っていた。

出会った時から弟の様に可愛がってきた冬獅郎。
今だってそれは変わらない。
だが、少し何かが変わって来た気がする。
妹達と変わらず接しているつもりなのだが、冬獅郎がふとした時に触れて来たり、じゃれて来た時に今までと違う何かを感じていた。

もやもやしている持て余し気味のそんな感情を反芻しながらドーナツを平らげ、コーヒーをおかわりした一護の横で、3つ目のドーナツを二口程かじった冬獅郎が、困ったような顔で一護の方へ向き直り、

『いちごー残った』
『やっぱりか…だから言ったろ?』
『もぅいらない』
『もったいねーじゃん ちょっと待ってろよ!』

パッとドーナツから手を離し、ジュースを飲む冬獅郎。
一護は席を立ち、ちょうどレジに客がいないことを確認し、店員に声をかける。

『すいません、持って帰りたいんで、袋かなにか…』
『あ、はいどうぞ』

店員に紙袋をもらい、冬獅郎の食べ残しを詰めて、満腹になった冬獅郎にマフラーを巻いてやる。
(明日おやつに持たせるか…)
冬獅郎が普段住んでいる施設はおやつも少なくて、あまり周りにとけ込めない冬獅郎は、みんながおやつの時間になると我先にと手が伸びておやつの奪い合いになるのに入って行けず、いつも食べ損ねていた。
お小遣いもないから自分で買うこともできない。

『別にいらねーもん』

なんて強がってはいるが、一護が何かお菓子を買ってやるとあっという間に食べてしまう。

(他のみんなに悪いかな?でもたまにはいいよな…)
外からおやつを持って帰ることなんてほとんど無い施設で、冬獅郎にこんなものを持たせたりすると、他の子供達に疎まれはしないかと少し心配になる。
食べさせてから帰すか?…などと考えていると、もぞもぞと冬獅郎が手を背中に突っ込みながら、

『なーいちごー背中あっちぃ』

と訴えてきた。
すっかり忘れていたが、ホッカイロを貼ったままだったのだ。
どうやらかなりホッカイロの温度が上がってしまったらしい。

『おわ!大丈夫か?』

あわてて冬獅郎の背中からホッカイロをはがす。
確かにそれは少し熱すぎる温度になっているようだ。
一護はそのまま冬獅郎の服をめくってやけどをしてないか確かめる。

『やけどはしてねえな』
『こっちにはる』

そう言って冬獅郎は一護の方へ身体を向けぺろんとお腹を出した。
全部吹くをめくって、食べ過ぎて少しぽっこり出たお腹が可愛いが、

『服の上からはるんだよ!ほら!冷えるから腹しまえ!』

シャツとパーカーの間にすこうし粘着が弱くなったホッカイロを貼ってやる。

『あったけー』
『よかったな』

お腹を撫でながらしげしげとホッカイロを眺めている。
一護は苦笑しながらもコートを着せてやり、忘れず手袋はめさせてマフラーも巻いてやる。

『ほら帰るぞ』
『もう暗い』
『冬は日が暮れんのがはやいなー』
『うん』

外に出てみると日は傾き、薄暗くなっていた。曇りのせいもあり足下も見にくくなっていた。
明るい大通りはまだいいが、家に帰るには多少街頭の少ない道も通るので、一護は
『暗い道は危ないから』と冬獅郎と手をつないで歩く。
厚手の手袋の上からでも小さい冬獅郎の手。
ぎゅっと少し力をいれてみた。
そうしたら冬獅郎もぎゅうっと握り返してくる。

冬獅郎はお気に入りの一つになったらしいホッカイロをなでなでしながら一護を見上げ、

『一護、明日は……?』
『んー…明日は委員会あんだよな……遅いから行けないかな…』
『……ふー…ん』
『ごめんな』
『別に……』

別に、と言いながら明らかに元気の無くなった冬獅郎。
人通りも少ない路に入ったところで、一護は冬獅郎の正面に周る。
そっと小さな肩を引き寄せて自分の胸に抱きしめた。

『明後日は家くるか?』
『ん……いく』

一護に抱きしめられながら、その胸の頭を擦り寄せる冬獅郎。
手袋をしているので掴めない一護の腕に手を乗せる。
一護はそんないじらしい行動をとる冬獅郎の髪に顔を埋め、精一杯背伸びしてくる子供の背中をなでた。

いっそうちの養子にしたい…なんて子供らしくないことを思う一護。
最近ふつふつとわいてくるあのもやもやした感情。
それがなんなのか気づいてはいるのかもしれないが、認めるにはまだ早かった。
冬獅郎のことを弟と思ってたのはだいぶ前までだったのも分かっている。
今は…ちょっと…やばいのかな…と思い始めている。
ただ、まだそれを受け入れるにはまだ時間がかかりそうだったし、なんといってもまだ相手が小学生では…。

しばらくはこのまま兄弟でいようと思う一護。

だけど、一護がまだまだ子供だと思っている冬獅郎自身も、自分の心に何かが生まれたのに気づいていて。

しばらくそうして抱き合っていた二人だったが、ゆっくりと離れ、また手を繋いで歩き始めた。

ふと、冬獅郎が手を離し、手袋を外して手を一護に差し出して来た。
一護は微笑んでその手を握り、お互いのぬくもりを確認しながら、家までののこり僅かな距離が縮むのを惜しむかのようにことさらゆっくりと歩いた。