『鎌倉日記』(一護、高校生。冬獅郎、小学生)

『冬獅郎!準備出来たか?』
『おう。とっくにできてんぞ!』
『よしそんじゃあ行くか』
『うん』

オレの言葉に珍しく元気に返事をする冬獅郎。
真夏の早朝。
普段ならどこかに出かけるにしても、まず冬獅郎を起こすことが大変なのに、今日はこんなに早くから元気に支度をしている。
実は今日は冬獅郎が前々から楽しみにしていた鎌倉まで遊びに行くのだ。
事の始まりは数ヶ月前からの雑誌広告。

冬獅郎がジャンプのスタンプラリーが行われるという広告を目にして鎌倉に行きたいと言い出したのだ。

ジャンプはオレも読んでいる。
毎週月曜日冬獅郎と一緒に買いに行って、二人で交互に読んでいる。
小学生で家族のいない冬獅郎には漫画なんて買うお金は無いからオレが買ってやっている冬獅郎に取って唯一の娯楽であるこの雑誌。
いつもとても楽しみにしているらしく、普段は控えめな冬獅郎がオレの手にある漫画を見るとひったくる様にして奪い取り夢中で読んでいる。
オレはと言えばそんな横顔を楽しみにしていた。

そのジャンプに毎週しつこいくらい宣伝されているのが、夏休みに行われる企画であるスタンプラリー。
いろいろある企画の一つだが、それはスタンプラリーは鎌倉駅周辺と江の電の駅のうちいくつかにあるスタンプを集めて、すてきな景品をゲットしよう!というもの。


普段はそんなにものを欲しがったり、ねだったりしない冬獅郎が毎週ジャンプを見る度に『鎌倉行きたい』を連発するので、結構遠出になるなと考えつつ、毎日続いているこの暑さでまいっているのもあり、せっかく鎌倉へ行くのだったら湘南の海でひと泳ぎするのもいいかもしれない。
だが、冬獅郎が泳げないのが問題だ。
それに、スタンプラリーってもんは割と時間を食うもんだし、オレは早々に泳ぐのは無理だと諦めた。

そして当日。
朝も早いうちから電車で鎌倉へ向かうオレ達。
冬獅郎はこんなに長距離の電車での移動は初めてだったので、とても嬉しそうだった。
乗り継ぎもあるし、軽い小旅行気分だ。
リュックを背負った冬獅郎は、その首に水筒でもかけてやればまるで遠足だ。
まあ、これも遠足みたいなもんか。

『なーいちご!どんくらいで鎌倉に着くんだ?』
『んーと……こっからだと1時間半くらいかな』
『そんなに電車に乗るのか?』
『そうだな、ほとんど電車で移動だぞー』
『すげーな!』

冬獅郎の目がキラキラしている。
オレも小さい時は電車での移動が楽しくて、興奮して靴のまま座席にあがったりしてよく怒られた。
幼稚園くらいの時だが。

車内は空いていたので、景色が良く見える座席の真ん中あたりに座った。
楽しそうに外を見る冬獅郎。
その冬獅郎を見るオレ。
なんだかとても幸せな風景だ。隣の座席にはそちらも楽しそうな親子連れ。
目的地が同じだったら面白いなと思ったが、子供が首から下げているのはポップコーンが大量に入るバケツ。
途中でお別れだ。
飽きずに外を見ている冬獅郎と、そろそろケツが痛くなって来たオレを乗せた電車はようやく目的地の鎌倉に着いた。

早朝は過ごしやすかったが、天気予報通り気温がだいぶ高くなっていた。
だが、鎌倉とういう土地のせいか楽しい気分のせいかはわからないが、熱さはさほど気にならない。
改札を出ると割りと大々的にスタンプラリーのデコレーションをされた駅構内。
少々驚いた。

『よーし着いたなー、冬獅郎まずスタンプを押す台紙探そう』
『うん』
『あ…あれか!』
『あった!』

わかりやすい位置に置いてあった、スタンプラリーとでっかく書かれた台紙をラックから取った。
しばし中身を流し読み。
確認してみると、どうやら12個スタンプを集めればいいらしい。
ふと気がつくと、周りには同じくスランプラリーに来た親子連れらカップル、学生などが多数いて駅は割と混雑していた。

『結構人多いんだな』
『みんなスタンプ集めるんだな』
『そうだな』

こんだけ人がいれば誰かしらに着いて行けば迷子にもならなそうだ。
地図をしばらく睨んでいたオレは、冬獅郎の体力の事も考えて遠いところから片付けることにした。

『冬獅郎、最初は少し歩くけどココ行こう』
『どこ?』
『ここの神社』
『うん』

二人で地図を見ながら…というのは嘘で、前をさくさく歩く親子に着いて歩き5分程で目的地に到着した。
早速スタンプを押して、記念に写真も取りながら歩いた。
観光地だけあって、スタンプとは関係ない人たちも大勢だ。
だが、どこかのどかなその風景はとても心地よかった。
横を見れば、押したばかりのスタンプを嬉しそうに眺める冬獅郎。
今日のこいつは表情豊かだ。

一旦鎌倉駅まで戻り、次の目的地へ。
そこは、金を洗うとそれが倍になって帰ってくるというありがたい言い伝えのある場所。
地図を見るとだいぶ歩くようだが、仕方ない。
どんどんあがる気温に二人して汗だくになりながら気力で歩き、薄暗い洞窟の様なところを抜けたところにあったスタンプもなんとかゲット。

後の残りのスタンプは、江の電に乗って途中下車しながらフームや改札辺りで押せばいいようだ。
だいぶ汗をかいたのと、昼に向かってぐんぐん上昇する気温に冬獅郎が早速参ってきたようだ。

『いちご…のどかわいた…』
『だな…』
『あれ…のんでもいーか?』
『ん?』

冬獅郎が指差したのは、涼しげな装飾の店先に貼られた大きなポスター。
冷たい抹茶ドリンクのポスターだった。
だが、抹茶はこいつには少し大人の味なのではなかろうか。
緑色ということで、冬獅郎はクリームソーダ的なものを想像している気がして、一応確認してみる。

『お前には苦いんじゃないか?』
『え…?あれ苦いのか?』
『たぶん…』

店先でこそこそ話をしていると、中から大きな声が聞こえて来た。

『シロップ入れれば美味しいよ!よく冷えてるからどう?』

店の中から出て来たのは愛想のいいおばちゃん。
にっこり笑いながらカウンターの中にある翠の液体を指差し、抹茶ドリンクを勧めてくれる。
なんだか断りづらくなって、仕方なくそれを一つ買うことにした。
冬獅郎に渡すと、すぐにストローに口をつけたのだが、やはり苦かったらしく顔をしかめて舌を出している。

『ほら…苦いだろ?』
『…ん…にがい…』
『コレいれよう』

そう言ってオレは店先においてあったシロップをかなり多めに入れてやった。
ポーションガムシロップ3個分くらいだろうか。

『あまい!うめえ!』
『良かったな。オレにも少し残しておいてくれよ?』
『いちごも飲めよ!うめーぞ』

冬獅郎がドリンクを差し出してくれる。
一口飲んでみるとオレには甘すぎたが、乾いた喉が潤って心地よかった。
後は冬獅郎が全部飲んでもらうとして、オレはペットボトルのお茶を買った。

『さ、次行こう』
『ん』

リフレッシュしたところで鎌倉駅に戻り、次は江の電に乗ってスタンプを集める。
想像していた程車内は混雑もしていなくて、座りながら景色を楽しめた。
途中海も見えたし、江ノ島も見えて、冬獅郎は大きな目をまんまるにして外をずっと見ていた。
もしかしたらこいつ…

『いちご!あれうみ?海か?』
『ああそうだよ…でっかいだろー』
『すげーなー…』
『あとで海岸まで行かなきゃみたいだから、もっと近くで見れるぞ』
『ほんとか?』
『ああ、砂浜とか波とか…楽しいぞ』
『すなはま…』

冬獅路の目が更に輝く。
やはり…こいつ海を見るのは初めてなのだ。
よく考えたらこいつを海に連れて行ってくれるような保護者はいない。
施設でプールに行ったりはするようだが、冬獅郎は泳げないから休みがちだと聞いた。

オレは今日、ここに来た事を心から良かったと思った。
こんなに楽しそうな冬獅郎。
初めての海も見せてやれて…。
なんだかテンションがあがって来た。

滞り無くスタンプを集め、ちゃっかりシークレットスタンプもゲットした。
歩き回らなくて言い分すごく楽に集める事できたし、探す必要も無い位スタンプの前は行列だったからだ。

最後は海岸まで行き、残った二つのスタンプを押して景品をもらって昼メシにしよう。
昼メシの時間はとっくに過ぎていたので、オレはだいぶ腹が減っていたが、冬獅郎は楽しさで空腹どころではないようだ。
他の子供の様にはしゃいだりはしていないが、明らかに楽しそうだった。
スタンプの押された台紙を何度も何度もじーっと見ている顔はとても可愛くて、いつもより一層幼く見える。
海岸は駅から少し歩くようだったが、どんどん近づいてくる海の音と潮の匂いに足取りも軽くなる。

海岸に着いたところで、冬獅郎は足を止めた。
どうしたのかと顔を覗くと始めて間近で見る海に、少々ひるんでいるようだ。
そんな初々しい感じがたまらなくなって、オレは冬獅郎の手を握ると少し強く引っ張って歩き始めた。

『お、おい!』
『早くいこーぜ!』
『う…うん』

二人で手をつないで歩いて海岸まで着いた。

『すげー…海だ…』
『きもちいいなー!』
『うん…風が変なにおい…』
『海風だからな』
『いちご…はやくいこう…?』

今度は冬獅郎がオレを引っ張った。
だが、目はオレを見てはいなくて、海を見つめている。
ぐいぐいとオレの服を引っ張る冬獅郎に従って砂浜へ降りた。

海風を浴びて、やはり水着が必要だったかな…と考えて、立ち止まってぼーっとしていると、冬獅郎がオレの服を更にくいくいと引っ張ってくる。
見上げてくる目がとんでもなく可愛い。

『よし、最後のスタンプ押したらメシ食おうな』
『うん!なに食う?』
『せっかくだからジャンプの食おうぜ』
『おう』

熱く焼けた砂を踏みしめながら、スタンプの最終地点へ向かう。
本当に今日は鎌倉まで来て良かった。
こんなにかわいい冬獅郎が見れたし、実はオレも相当楽しい。
冬獅郎は熱い砂を珍しそうに何度も踏みならしたり、砂を蹴り上げたりしている。
寄せる波の音に、オレは再び気分が高揚してくるのを感じた。