『夏祭り』



今夜、現世に冬獅郎が遊びにやってくる。
オレの家の近所の神社で、夏真っ盛りのこの時期に毎年恒例の大規模な夏祭りがある。
その祭りに冬獅郎と二人で行こうと思い切って言ってみたら、あっさりOKが出たのだ。
てっきり断られると思っていたオレは、『じゃあ、みんなで行こう』とか、持ってもいないのに映画のチケットがあるから…などとなんとかデートに誘う口実を用意していたのだが。
あまりにも簡単に了承してくれた事に、小さな驚きと大きな喜びで朝から落ち着くことが出来ず、昼過ぎにいても立ってもいられなくなって、わざわざ下調べをしに祭りの会場まで行ったくらいだ。
まだ祭りは始まっていないので、準備に追われる人々の中で一人でふらふら歩いているオレはかなり浮いている。
そういえばこの祭りのメインは大量に打ち上げられる花火だ。
昨年の様子を思い出しながら、花火が見やすい場所を探しておこうと思ったオレは今度は上を向きながら先程よりも更にふらふらしながら歩き回った。
冬獅郎の喜ぶ顔を想像しながら…っていってもあいつの表情はあまり変わらないが…。

夕方、まだ日は高いが、そろそろ祭りの会場に人が集まりだしているようで、普段は静かなこの辺りも活気が出て来た。
夜になればさぞ賑やかになるだろう。
外から聞こえる楽しい歓声に、おれもなんだかわくわくしてきた。
もうしばらくすれば、冬獅郎が一旦オレの家まで来るはずだ。
恥ずかしがりやの冬獅郎は、明るいうちからオレと二人きりでは歩きたがらない。
だからオレの部屋で少し休んで、外が暗くなったら行こうという事にしていた。
冬獅郎は朝から仕事もしているだろうから、すぐに祭りに連れ出すのも悪い気がしたというのもあった。
だが、元気の有り余っているはずのオレは、朝から無駄に動き回っていたのと昨日よく眠れなかったせいで、そわそわと冬獅郎を待つうちにうっかりうとうとしてしまった。夢なのか、現実なのか良くわからないふわふわした感覚にまどろんでいると、突如大きな衝撃が襲って来て目が覚めた。
慌ててぼやける視界の焦点を定めると、握りしめられた小さな拳が確認できた。
グーで殴られたらしい。

『おい…約束しておいてだらしなく寝てるとはいい度胸だな…』
『うぁ…っと…冬獅郎!………へ?』
『……』
『な…なんだよ…お前…冬獅郎だよな?…あれ?…なんでおま…ぐおっ!』

また殴られた。
目の前にいるのはまぎれも無く冬獅郎なのだが、どんだけ目を擦って見ても瞬きを繰り返しても、念のため頬をつねってみても女性用の浴衣にしか見えないものを着ているし、髪なんかはきれいに頭の上に纏められ、花飾りまでついている始末。
驚くなという方が無理だ。
未だ状況が飲み込めずぽかんとしているオレを冷たく見下ろす冬獅郎。
その手がまた拳の形を作ろうとしている。

『…まだ殴られたいか?』
『いや…その…でも…いえ…なんでもないです』
『言っとくが、オレじゃないからな、松本の仕業だからな!』
『…いや…多分そうだろうとは思ったけど…』

こんなすばらしい仕事が出来るのは尸魂界広しといえども、この可愛らしい恋人の副官である乱菊さん位なもんだ。
だが、それを大人しく着ている冬獅郎というのが信じられない。
一体どういうつもりなのかと多少疑わずにはいられない。
聞きたい事はたくさんあったが、結構痛い冬獅郎の拳をこれ以上食らいたくはなかったので、その内チャンスがあったら聞こうと思い今は黙る事にした。

それにしてもかわいい。
いや、普段から可愛いことに違いは無いのだが、見慣れない(というか見慣れるわけも無い)冬獅郎の姿にオレは釘付けになってしまい、動けなくなっていた。
よく見ればうっすら化粧までされているようだ。
ずっと黙ったままのオレにじろじろ見られているのが落ち着かないのか、オレの視線に気づかないふりをしているのか、冬獅郎は窓枠に手をかけて祭りに向かう人々を眺めている。
気づけば空は夕焼けのオレンジを夜空の紺色のが見事なコントラストを作り出していた。
そんな空を眺めているのも悪くないが、今日はせっかくの祭りだ。

『と…そろそろ暗くなって来たし…行くか?』
『……ん…』
『オレも浴衣着とけばよかったかな…』

そう言いながら冬獅郎を見ると、ぷいと顔をそらされてしまった。

外に出てみると、まだ気温はだいぶ高かったが、風が出て来ていて思ったより過ごしやすい。
祭へ向かう周りの人々に習い、オレ達も歩き出した。
冬獅郎は、慣れない女物の浴衣に少し歩きづらそうだった。
だが、ちょこちょこ歩くその姿がかわいくて、オレはわざと速度を落とさずに歩いてみた。
冬獅郎は無言で必死についてくる。
…ダメだ…可愛い過ぎる…。
コレではオレの理性が祭の会場まで持たない可能性がある。
仕方なく、冬獅郎の歩く速度に合わせてゆっくりと明かりが眩しい縁日へと向かう。

 

同じ日の午後。

『隊長?今日は一護とお祭りですよね?』
『ん…?あ…あぁ…だからなんだ?』

一護との約束の時間がせまってきて、そろそろ今日の仕事を切り上げて準備をしようかと思っていた矢先、珍しく午後からはまじめに自分の机に向かっていた松本が口を開いた。
今日の仕事のほとんどを片付けたらしい松本は、頬杖をついてオレをじろじろ見ている。

『せっかくなんですから、浴衣着ていけばいいじゃないですか』
『いい…別にそんなん…』

着物なんていつでも着ているのだから浴衣なんて今更珍しくもないし、大体せっかく現世に行くのだから動きやすい洋服でいい。
それに洋服というのは動きやすくて結構気に入っているのだ。

『えー…きっと一護喜びますよ?』
『うるせぇ…それより、お前それ終わったのか?』
『とっくにおわってますよーだ。後は提出しに行くだけですもん』
『……そうか…』

松本の離しの調子に合わせていると、また変な事に巻き込まれそうだったので話題をすり替えてみたが、あっさり返されてしまった。
どうしていつもこの調子で仕事をしてくれないのか…。
少し説教しようかとも思ったが、約束があるので今回はやめておく事にして、オレは自分の机上を整理し初めた。

『んー…やっぱダメです!隊長浴衣にしましょう!』

オレが片付けをしている間、なにやら難しい顔をして腕組みしていた松本が、バンっと机を叩き身を乗り出して来た。

『…いい…それより明日の事は頼んだぞ』
『あ!隊長!』

近づいてくる松本を無視し、オレはすり抜ける様に執務室を出た。
まだ何か後ろで叫んでいるようだったが、付き合っていられない。
恥ずかしい話だが、要するに…おれも早く一護に…逢いたい。

一旦自室に戻って明日の引き継ぎにとメモを書き、また執務室へ戻ると松本の姿は消えていた。
大方、誰かを捕まえて飲みにでも行ったのだろうと、オレはメモを松本の机上に置くと、現世へと向かった。

直接一護の家に出るのは、なんだか気恥ずかしいので、一度井上織姫の部屋へ降り立つ。
そこに置いてあるはずの義骸を目で探したが、見当たらない。
きょろきょろ辺りを見回しているうちに、なんだか嫌な予感がしてきた。
じっと動かず辺りの気配を探ると、悪寒を感じた。

『あ、たいちょーう!遅いですよう!』
『…まつもと…』

オレとした事が浮かれすぎた。
こいつがあのまま引き下がるような奴じゃない事はオレがよく知っている。
更に、慣れ親しんだ霊圧がこんな近くに潜んでいたことに疑問も持たなかった事が悔やまれる。
今までの流れだと、ここまで来たら逃げる事はほぼ不可能だ。

『何してんだお前…』
『隊長のお手伝いしようと思って』
『いらん…さっさと帰れ』
『隊長、とりあえず義骸に入ってもらえますー?』
『…聞けよ…』

もはや何を言っても無駄な松本にため息しか出てこないが、待ち合わせの時間が迫っている事もあり素直に従う事にした。
義骸に何かされているかと思ったが、思い過ごしだったようでいたずらのようなものは感じなかった。
とりあえずほっとして、義骸になじむためにしばらく深呼吸などをしていると、いきなりものすごい力で襟首を掴まれた。

『ちょ…!おい!松本!何しやがる!』
『じっとしてくださいよー…隊長!ほら、暴れないでください!』
『放せ!おい!怒るぞ!』

なんと言うか…雛森にしろ、松本にしろ何でこんなにバカ力なのか…。
それはオレが…オレが…まだ体が子供で、腕力がない…から…そう思うのだろうか……。
にしても、強過ぎる力にあっさりオレは服を脱がされ、代わりにピンクや黄色の布が目に入ったかと思ったら、あっという間にその布に体を包まれていた。
それは女物の浴衣だった。
混乱しているオレを他所にテキパキと浴衣を着せて、帯をなにやら丁寧に結んでいる。

『てめぇ…何のつもりだ…!』
『わぁ!やっぱりこーゆーパステル系の色が似合うんですね!隊長!』
『……その服返せ…』
『ダメですよーう!はい!次は後ろ向いてください』
『嫌だ…いーから返せ!』
『ダーメ!』
『おい…!』

あろう事か、松本はさっきまでオレの義骸が着ていた服を破き始めた。
そして、オレの両肩を掴んで顔を覗き込んでくる。

『隊長…今日はチャンスなんですよ!』
『は?』
『隊長はまだ一護と手つないだ事も無いんじゃないですか?』
『…は?…ば…ばか!んなことどーでもいいだろ!…ていうか手とか繋ぐ必要ないだろ!』
『…んもう…隊長がそんなだと一護…可哀想ですよ?』
『かわいそうでもなんでもねえ…』
『ホントにそんな可愛くない事ばっかり言ってると、一護の方から離れて行っちゃいますよ?いいんですか?』
『…!』
『隊長があんまり素っ気ないから、一護、自信なくしちゃいますよ?それに、一護ったらあんなに隊長の事想って色々してくれてるのに、それにたまには答えてあげないと一護も可哀想だし、一護が離れてったら誰よりも辛いのは隊長でしょう?』
『……』

いつになく真剣な顔で言われ、オレは返す言葉が出ずに俯いてしまった。
悔しいが、こういう時に松本はしっかり大人なんだな…と思う。
でも、それとこの浴衣は全く関係がない様に思うのだが…。

『一護がね、前に雑誌で浴衣特集やってた時に、隊長に似合いそうだってつぶやいてたから…ね?』
『…は?』

…『ね?』じゃねーよ…。
付き合っていられない…。
だがふと時計を見ると、既に待ち合わせの時刻まであと30分ほどしか無い。
洋服はさっき松本が破いてしまったので、替えを用意する暇なんてない。
まさかこの姿で服を買いに行く訳にも行かない。
オレは盛大にため息をつくと、この流れに身を任せてしまえとばかりに松本に背を向けて『どうにでもしろ…』とぶっきらぼうに言ってやった。
そのときの松本の晴れやかな笑顔は一生忘れない。
良い意味でなく忘れてやらない。

嬉しそうにオレの髪の毛をいじりだした松本が、そんなに長くないはずのオレの髪を器用に纏め、どこから出したのか花飾りをオレの頭に乗せている。
窓に映っている自分の姿を見て本当にどうにでもなれ、という気持ちになって来た。
そして、髪いじりが終わったかと思うと今度は体の向きを変えさせられ、顔に何か塗りたくられる。

『おい!やめろって!』
『やーん!隊長可愛いですよー!もう!ほらほら!ほんと女の子にしか見えなくしちゃいますから!』
『うるせえ!んなことしなくていい!』
『だってその方がいいでしょ?いつものままだったら、外で隊長が一護に甘えるなんてっ無理じゃないですか。でも誰が見ても女の子だったら、堂々と一護に甘えたり、抱きついたり、チューだってできちゃいますよ?』
『ち…ちゅ…チュー…って』

言いかけたところで、唇にまで何かを塗られた。
もう、げんなりしすぎて何かを言うのも面倒だった。

『はい!できました!いやーん!あたしったらすごぉい!!可愛いです!もう完璧!』
『…うわぁ……』

松本に差し出された鏡を見て心底ぞっとしたオレだったが、先程の彼女の言葉を思い出し、少し動揺していた。

(この姿だったら、一護に甘えても…)

変な格好をさせられた事で、気分までおかしくなって来たオレは、ぼうっと鏡を見つめたまま一護の事を考えていたが、時間ですよ!と松本に半ば追出されるようにして待ち合わせ場所である一護の部屋へとむかった。
途中すれ違った主婦とおぼしき数人に『かわいいわね』とか『何処のお嬢さんかしら?』などと言われ、力一杯無視して走り去りたかった。
だが、慣れない女物の浴衣にうまく歩けず、まるで生まれたてのひよこのような歩き方になってしまう。

『松本…覚えてろよ…』

ぶつぶつと愚痴りながらなんとか転ばずに歩き続け、一護が待つ黒崎家へとたどり着いた。