『夏祭り2』



一護と冬獅郎の二人は夏祭りの会場に着いた。
あたりを見回し、予想以上の人出に驚く。
冬獅郎も多くの人が行き交う広場で、着慣れない女物の浴衣のせいもあるだろうが、既に疲れてしまっているようだ。
そんな冬獅郎の様子に気づいた一護が慌てて明るく話しかける。

『冬獅郎!と、とりあえず何か食おうか?それとも金魚すくいとか、輪投げとかやるか?…あ、くじ引きもあるぞ?』
『…いーよ…』
『そんなこと言うなって…じゃあ…とりあえず輪投げ!輪投げしようぜ!』
『…え…お、おい!引っ張るなよ!』

せっかく来たのだから楽しみたい。
そう思た一護は、とにかく何でもいいから冬獅郎い楽しい思いをさせ、気分を乗せてやろうと思った。
冬獅郎の手を取った一護は、屋台の一番端に設置されている割と規模の大きな輪投げのコーナーへと向かった。

『よーし、冬獅郎!まずはお前やるか?』
『いいって…』
『えー…せっかくだぜ?』

ここまで来てもまだふてくされた顔をして否定的な返答ばかりする冬獅郎。
そんな冬獅郎の姿に、一護ががっかりしたような声を出す。
心底残念そうなその声に、冬獅郎は出がけに松本に言われた言葉をふと思い出した。

(オレがこんなだから…?一護に嫌われる…一護が…離れて…く…?)

急に不安が胸に広がる。
一護の顔を盗み見ると、他の屋台を遠目に見つつどうしようか考えているようだった。
冬獅郎は思い切ったように早口に小さく叫ぶ。

『…やるよ…やればいーんだろ…!』
『お、おう…。よし!冬獅郎、何かいいもんとれよ!』
『兄ちゃん達、一回でいいのかい?500円で3回出来るよ?お得だぜ?』

胡散臭そうな中年の男が、輪投げ一回200円なのを3回の方が得だと勧めてくる。
そう言われ、一護は冬獅郎に向き直り一度出した財布を引っ込めた。

『どーする?冬獅郎、3回やるか?』
『いーよ…一回で十分だ…』
『だってさ!おっさん、じゃあ200円な』
『まいど…はい一回分ね』

男はそう言って冬獅郎に輪っかを3本寄越した。
くわえ煙草の煙が顔にかかり、冬獅郎はキッっとその男を睨んだ。
煙草の匂いが嫌いだというのではなく、他人の顔にかかるような吸い方をするのが気に入らなかった。
何か言ってやろうかと思った冬獅郎だったが、男が発した言葉によって口は閉ざされた。

『お嬢ちゃん頑張りなよ?きみにはあの人形とかがいいかな?』

動きの止まった冬獅郎。
一護がしまったという顔をしているが、みるみる不機嫌になる冬獅郎をなだめるのは無理なようだ。

『…お…じょう…ちゃん…?』
『あー…ほらほら!早く投げようぜ!』

努めて明るい声を出し、冬獅郎の背中を軽くたたく一護。
それで我に返ったらしい冬獅郎はしぶしぶながらも輪投げはやってくれるようだ。
せっかくのお祭りに来て早々のトラブルはさすがにごめんだ。

だが、すっかり機嫌の悪くなった冬獅郎は、輪っかを無造作に投げ、結局何も景品を貰う事が出来なかった。
はずれのおまけという事で、あめ玉を2つ貰っただけに終わってしまった。

『残念だったな』
『別に…あんなもんいらねーし』
『そか…じゃ、次どこいこっか』

またしても『別に…』といつものように言おうとした冬獅郎の口が『べ』の形で止まる。
先程もそうやって一護を困らせているのだ。
少し逡巡した後、自分が喉が渇いている事に気づくと一護を見上げる。

『喉乾いた』

涼しくなったといってもまだまだ暑い気温。
冬獅郎の意見に従い、飲み物を変えるところを探す。
どの屋台にもそれなりに飲み物は売っていたが、一護は久しぶりにラムネが飲みたくなってそれを売っているところを探した。
しばらく目を左右にくまなく向けながら歩くと、大きな容器にたくさんの氷を浮かべ、その中でラムネが何十本と冷やされている屋台を見つけた。
嬉しくなった一護は屋台に向かって走る。たくさんのラムネを見て冬獅郎が炭酸が飲めなかった事を思い出した。

『冬獅郎、コレ飲もうぜ?炭酸だけど、あんまきつくねーから、お前でも飲めんだろ』
『…ん…』

炭酸が苦手な冬獅郎だが、微量の炭酸程度の飲み物ならば飲める。
だから、これなら飲めるかもと思った一護はよく冷えたラムネを2本買った。

『今開けるから、まってろ』
『ん?…あぁ』

何やらぼうっとしている冬獅郎の手に、開けたばかりでまだ勢い良く炭酸が吹き出している瓶を渡す。

『うわ…つめた…』
『うめー!やっぱ夏はコレだろ!』

一気に半分ほどを飲み干した一護は、本当に嬉しそうな顔をしている。
その顔にしばし見とれてしまった冬獅郎は『お前も飲んでみろよ』という一護の声に、慌てて瓶を持ち直す。
一口飲んでみると、思ったほどきつくない。味も悪くない。

『…ん…まぁまぁだな…』

飲んでみて、結構…いや、かなり好みの味だったのだが、やはり素直には『おいしい』と言えない冬獅郎。
炭酸が飲めたことも嬉しいのに、嬉しそうな顔が出来ない。
冬獅郎は、一護が自分を微笑みながら見つめているのに気づくと、ごまかすようにラムネに口を付けた。
そんな姿に苦笑しながらも、二人は瓶を持ったまま再び散策し始めた。
可愛らしい恋人に辺りの視線が集まるのを誇らしげに思いつつ、一護はさりげなく背中を支える様に手を添えた。
だがあっさりその手は払われ、下からじろりと睨まれる。

途中、金魚すくいを覗いたり、練り歩く神輿を見物したりしながら、半分程回ったところで冬獅郎の腹が鳴った。
赤面して思わず立ち止まる冬獅郎。
だが、続けて一護の腹の虫も騒ぎはじめた。

『そろそろ何か食おうぜ!オレも腹減ったし…。お前何が食いたい?』
『何でもいい。てめえが好きなもんにすればいいだろ…』
『つまんねーこというなよ…』
『……あ…』
『ん?どした?何か欲しいもんあんのか?』

『つまんないこと』と一護に言われ、またしても不安がよぎった冬獅郎は、思わず声を出してしまった。
だが、幸いにもそれを食べたいものでも浮かんだのだろうかと思ってくれた一護が、うつむき加減の冬獅郎の顔を覗き込む。

『いや…なんでもない…』
『そっか』

まだ、何か聞きたげな一護だったが、すぐに諦めた様に視線を外し、冬獅郎を連れて食べ物の屋台を数件回る。
歩きづらそうな冬獅郎をどこかに待たせても良かったのだが、先程からの冬獅郎に集まる視線を考えるとそれははばかられた。
少しでも声をかけられたり、万が一冬獅郎の体に触れられるようなことがあっては、半殺しにはしない自信はない。

一護の両手が食べ物でいっぱいになったところで、どこか座って食事が出来るところを探す。
この辺りの町内はなかなか頑張っている町内会のようで、祭りの広場の中にきちんとした休憩スペースがあった。
簡易テントと長机、それに丸椅子が並べられただけの簡素なものだったが、野外の祭りでは十分に思われた。
入り口をくぐり中へ入ってみると、テントの中は非常に混雑していた。だが運良く若いカップルが席を立った事で空いたその場所に滑り込む事が出来た。

『結構歩いたな…。冬獅郎疲れたか?』
『いや…大丈夫だ』
『んじゃ食おうか、あ…甘いもんはあとな?冬獅郎綿アメとか食いたいだろ?でもすぐ溶けちまうからさ』
『ん…』

一護の心遣いに、適当に返事をした冬獅郎の心は、既に目の前の美味しそうな食べ物達へと向けられていた。
そしてこれも一護の気遣いだろうが、冬獅郎の好きなものばかりが並んでいる。
お祭りで買える食べ物なんてそうそう種類はないし、冬獅郎の苦手なものも少ないが、例えばたこ焼きやお好み焼きには冬獅郎の嫌いな鰹節(歯にくっつくから)が乗っていないことや、フランクフルトには一護が好きなはずのマスタードがついていないことなど。

そんな小さな気遣いを今までは多少はありがたいと思ってはいたがが、今日は変な格好をさせられているせいかとても気になった。
少し恥ずかしくなってしまった冬獅郎は渡された割り箸を乱暴に割ると、思い切りたこ焼きに突き刺した。
二人は向かい合わせに座っていたのだが、その状態では取り皿の無いここでそれぞれが一つのものを食べてから、交換しなくてはならず面倒だった。
一護がお好み焼きを少し食べては冬獅郎へ渡し、代わりにたこ焼きの容器を受け取る…と言った具合だ。

『冬獅郎!コレうまいぞ?ほら…あっと…あぶね…おっことすとこだった…それ、こんどオレ食うよ…こっちくれ』
『ん…』

机上を食べ物が行き交う間、何度もこぼしそうになる。
結構幅の広い長机が原因だ。

『……』

そんなやり取りがなんだかもうめんどくさくなって来て、冬獅郎は一旦箸を置く。

『…ん?もう食わねーの?』
『いや…食うけど…』

食べたいが、なんだかせわしない。
その時、一護の隣に横並びに並んで座っていた親子が立ち上がった。
斜め向かいに座っていた冬獅郎からはその親子がよく見えていて、ずっと視界に入っていたのだが、その親子が並んで座っていたこともあって二人仲良く同じ容器から焼きそを一緒に食べているのが気になっていた。
真横に座っている一護からは見えないようだったが。

しばらく黙りこくって考え込む冬獅郎。
それを不思議そうに見る一護。

そして、ふらりと冬獅郎が立ち上がった。

『どうした?冬獅郎…』
『…そっち……いっても…いいか…?』
『そっち…そっちって』
『…』

無言で一護の真横の席を指差す。
その一護の隣の席に移動しようかどうかでさんざん迷っていたのだが、テントの外から席を伺う人が何人もいて、うかうかしていては一護の隣はすぐに埋まってしまうだろう。
意を決し、席を立った冬獅郎は一護の横を指差し、勇気をだして一護に提案したみたのだ。
その顔は頬がピンクに染まっていて、薄く施された化粧が相乗効果になりとても愛くるしい。
一瞬ぽかんとしてしまった一護だったが、我に返ると慌てて手招きした。

『あぁ!もちろんじゃん!ほら冬獅郎!こっち来いよ?その方が食いやすいしな』
『…』

一護の隣に移動し、体が密着しそうなほど椅子を近づけて座る。テント内は狭いので仕方がない。
決心して一護の隣に座ったものの、黙ったまま俯いている冬獅郎の前に一護は食べかけのお好み焼きやたこ焼きを並べ直していた。
やはり思った通りでお互いのの距離がぐんと近づき、二人で食べやすいようにセッティングが出来た。
まだ俯いている冬獅郎に、一護が話題を振る。

『けっこうさ、屋台にしては食いもんうまいよな?』
『…そう…だな』

『そうか?』と言おうとして、またしても自分の発言がかわいくない事に気付き、冬獅郎は慌てて肯定をする。
それに気付いてか、気付かないままかは分からなかったが、素直に冬獅郎の言葉に微笑んだ一護は気に入った様子のお好み焼きの容器を持ったまま冬獅郎に勧めてくる。
冬獅郎は目の前に差し出されたお好み焼きが机に置かれるのを数秒待ってみたが、一護がそのお好み焼きを机においてくれる気配はない。
要するに、このまま食べろという事らしい。

そんな恋人みたいな真似できるか…と思いつつ、事実恋人のようなものなのだからこれは自然なことなのかも…と自分に言い聞かせ、冬獅郎は一護の手に乗せられたままの容器に箸を伸ばした。
箸で小さく切り分けようと思ったが、なかなかうまくいかずに悪戦苦闘していると、一護が笑いながら容器を冬獅郎の口元へ近づけて来た。

『……』
『持っててやるから』

そう言って笑いかけてくる一護に、ちらりと視線を走らせる。更に駄目押しとばかりに微笑まれ、冬獅郎は観念した様にお好み焼きにかじりついた。

『うめーよな?』
『…ん…これさっきも食ったけど…』
『ちがくて…こうやってくっついて食うと美味いってことだよ』
『……』

冬獅郎はお好み焼きを口の中に入れたまま一瞬固まってしまった。
自分のしようとしている事は一護には全てお見通しだった事に気付き、途端にまたしても恥ずかしくなった。
だが、先程からずっと停止しかけている思考回路は、どんなに動かそうとしても一護の笑顔を見てしまうと完全にストップしてしまい、いつもの様な悪態は全く出てこなかった。

(…こんなかっこしてるからだ…)

軽く松本に恨みを抱きつつ、照れ隠しに一護の前に置いてあるたこ焼きに手をのばした。
箸がたこ焼きを掴もうとしたその瞬間、一護の左手が優しく冬獅郎の左肩に添えられ、冬獅郎は一護の方へと引き寄せられた。

『…あ…』

驚いて一護を見上げると、一護の視線は冬獅郎の後ろ、先程の親子の子供が座っていた椅子に向けられていて、その椅子には老人が腰掛けようとしている所だった。
一護は老人が座るのに、冬獅郎の背中の帯が邪魔にならないようにと、さりげなく冬獅郎を引き寄せたのだ。

『……もっとこっち来れるか?冬獅郎』
『…ぅん…』

ふわりと頭上から落ちてくる一護の匂いに、鼓動が速くなるのを感じながら努めて冷静に振る舞う。
壁に隣接している一護の席は、これ以上詰める事は出来ない。
老人が快適に席を利用するには、冬獅郎が一護にもっと近づいて、それこそ密着しなければならない。
既に半分抱き寄せられている格好の冬獅郎、それに加えて大好きな一護の匂いに頬は真っ赤に染まり、気がつくと箸はいつの間にか地面に落としてしまっていた。

『…あ…はし…』

動揺を悟られまいと、誤魔化すように箸を拾うことを口実に一護から離れようとするが、あちこちの屋台で食べ物を買ってその度に箸がついてきたので余分な箸はまだまだたくさんあった。

『ほら、新しいの。それ後で纏めてすてるからよ』
『…あ…ぅん』
『あ!そろそろくっちまわねーと、花火いい場所で見れなくなっちまう!』
『…そうなのか?』

実は冬獅郎、花火を内心とても楽しみにしていた。
昔から好きなのだ。
誰にも言った事は無かったが。
その大好きな花火を一護と見られることはとても嬉しかった。

心が少し花火に向いた事で、やや落ち着きを取り戻した冬獅郎は、一護に促される様にして残りの食べ物を食べ始めた。

その姿を、隣の老人がとても優しい目で見ていた事に二人は気付く事はなかった。