『夏祭り3』



『冬獅郎さ、綿アメとリンゴアメどっちがいい?』
『…どっちでもいーよ…あ…一護が先に決めていい…』
『じゃあお前は綿アメな?オレリンゴアメにすっから、欲しかったら言えよ?』
『…ガキじゃあるめーし…』
『でもお前好きじゃん』
『好きじゃねーよ…』
『強がんなよー。…ほら、綿アメ!溶けやすいから気をつけろよ』

何かと冬獅郎の世話を焼きたがる一護。
そんな彼をうっとおしいと思いながらも、嬉しくなくもない…と思う冬獅郎。
いくら『子供じゃない』と言い張ったところで、やめてはくれない。
最近ではもう慣れてしまって、あまりにも子供扱いされる時意外は、素直に受け入れていた。
だがいつもならもっと激しく抗議しているところだが、今日の冬獅郎は大人しい。
そして、一護もそれに薄々気がついていた。

一護の言った通り、少し高い湿度のせいで砂糖で出来た綿アメはすぐに溶け始めた。
綿アメが巻き付いている割り箸を持った手に、ポタリと溶けた砂糖が落ちてくる。
砂糖まみれになった自分の手を見て冬獅郎はため息まじりに呟く。

『うっわ…べたべた…』
『だから気をつけろって言ったろ?』
『んな事言っても…』
『手、貸してみ』

そう言って一護は綿アメを持ったままの冬獅郎の手を引き寄せ、べったりとついている砂糖を舐めた。
くすぐったさに思わず手を引っ込めようとするが、しっかりと冬獅郎の手首を握った一護は離そうとしない。

『や、やめろって!』
『いーじゃん…手洗うとこここら辺に無いし、オレお手拭きなんて気の利いたもん持ってないしさ』
『そ…そーゆー意味じゃねーよ』
『それより、あっち行こうぜ。花火よく見える穴場っぽいとこあんだよ』

自らの指にも付いてしまった砂糖をぺろりと舐め、一護は大きな木が多く生えている林のような所を指差した。
生えている木はどれも背が高く、とてもじゃないが花火が見えやすい様には思えなかったが、一護が自信ありげに言うので冬獅郎は素直に従って一護の後をついて行った。
歩みを進めるにつれ、段々と人の数が減って行き、喧噪からも離れて辺りも静かになった。
牛路を付いて行く冬獅郎を気にしつつも、どんどんと木の合間を進んで行く一護。
冬獅郎は周りを見回しながら歩いていたが、やはり木が生い茂り、花火があがるはずの空は真上にしか見えない。
本当に花火なんて見えるのだろうか。
しかも微妙に上り坂のようになっていて、歩き慣れない浴衣姿の冬獅郎は少々辛い。

『どこまで行くんだよ…これじゃ花火見えないじゃないか』
『大丈夫だって!こっちこっち!ほら!』

そのまましばらく進むと突然視界が開けて、木の生えていない広場のような場所に出た。
50メートル四方くらいだろうか。ぽっかりと空き地があった。
そこは何か建物が会ったような形跡があるが、今はぼろぼろに崩れてしまっていてどんな建物だったのかはわからない。
柱だったのだろうか、長方形の太い木が横倒しになってるようだが暗くてよくわからない。

『あー…穴場だとおもったのにな…』

大きなため息とともに一護が小さくつぶやいた。
昼間下見をした時にこの場所を見つけたのだが、同じ事を考える輩がわりといたようで、数組のカップルが既に場所を陣取り花火を待っている様子だった。
この場所には祭りの灯りも届かず、足下も頼りないくらいに暗かったのでよくは見えないのだが、人が寄り添っている様なシルエットは確認出来る。

冬獅郎はそわそわしている様子の一護を気にしつつも、周りをよく見てみるとここは高台になっているようで、遠くの眼下に街の灯りが見える。
だいぶ坂道を上っていたように感じていたが、こういうことだったらしい。

『せっかく冬獅郎といちゃつけるとおもったのによー…』

隣では一護が小声で訳のわからないことをぼそぼそ言っていたが、冬獅郎は聞こえないふりをした。
こんな野外でいちゃつくなんて、冗談にも程がある。
…と思ったが、今日の自分の格好を思い出して、ついでに松本からの言葉まで思い出した冬獅郎は、急に胸の鼓動が速くなるのを感じた。
二とゴミから離れたここは隣にいる人の表情もわからないほど暗いし、周りはカップルだらけ…。
おまけに自分はあまり認めたくはないが、どこからどう見ても小柄な女の子にしか見えていないはずだ。
そんな事を改めて考えていると更に鼓動が早くなり、くらくらとめまいまでしてくる。

ドキドキしたり、イライラしたりと忙しい冬獅郎をよそに、一護は少しでもいい場所をと当たりを見回し、落ち着いて花火を鑑賞出来る場所を探しているようだ。
冬獅郎は未だに手に持っていた、だいぶ小さくなってもはや砂糖の固まりとなった綿アメを一気に口の中に詰め込みながら、目だけで一護を追っていた。
こんな所ではぐれるわけもないのだが、なぜか気になって目が離せない。
しばらくうろうろした一護は、崩れた建物の向こうに、二人で座れるくらいの倒れた柱を見つけた。
座ってみると、割としっかりしていて体重をかけても壊れたりはしなそうだ。
視界も悪くなさそうだ。
一度立ち上がってパンパンと柱を叩き、ほこりを払う。そしてそのまま座って冬獅郎を呼んだ。

『冬獅郎!ここにしようぜ!』
『あ…ああ…』
『ほら、隣座れよ』
『…』

ここもまた、先程の食事をしたテントの中のように、体を密着させなければ座れないくらいに狭い。
他の広い場所はすでに他のカップルに陣取られているから仕方が無い。
いっそ立っていようかと思ったが、慣れない浴衣に歩き疲れたのもあったことと、自分でもどうしていいかわからない感情に負け、冬獅郎は諦めた様に一護の隣に腰を下ろした。
一護は柱の端ぎりぎりまで寄ってはくれているがやはり狭い。
二人の腕がしっかりくっついてしまう。そこからお互いのの体温が伝わって来る。
冬獅郎は自分の早くなったままの鼓動まで伝わってしまうのではと思って出来るだけは離れようとしてみるが、そうすると一護がよって来るので逃げ場は無かった。
そんな冬獅郎の心情を知ってか知らずか、一護がすぐ側でささやいてくる。

『ごめんな冬獅郎。ちょっと狭かったかな…』
『…あぁ…』
『ま、しかたねーか…ちょっとここ来るの遅かったみてーだしな…』

その後少しの間が空き、一護は大きく深呼吸すると冬獅郎に接した左手を一旦大きく上げ、そのまま冬獅郎の小さな背中に添えて来た。
一瞬びくりとした冬獅郎だったが、いつもの様に払いのけたり逃げたりはしなかった。
こわばった冬獅郎の背中を一護がぽんぽんと優しく叩く。
そうすると徐々にに冬獅郎の体の力が抜け、一護の腕に寄りかかるように体を預けて来た。
今日は何だか自分がおかしい。そう思うのだが、体が言う事を聞かない。
やっぱりこんな格好のせいだと言い聞かせてみるが、ただのいい訳にしかなっていないというのは自分がよくわかっていた。
そんな事を思いながら、綿アメの無くなった割り箸をくわえ、落ち着かなげに噛んだり舐めたりしていた。

その様子を見ていた一護は、先程自分の為にとかったリンゴアメを冬獅郎の顔の前に差し出した。

『そんなんいつ前もくわえてねーで、これ食ってろよ』
『…それ…お前のじゃん…いらねーよ…』
『いいって、お前さっきのメシも実はあんまし食ってなかったろ?』
『……ちゃんと…食ったけど』

確かに先程の食事は最初こそ割と食べていたものの、一護の隣に移動してからはそれどころではなく、あまり箸が進まなかったのは事実だ。
一護に引き寄せられ、一護の匂いに包まれた。
そんな状態で食欲なんて出るはずもない。
差し出されたリンゴアメをじっと見つめていると、一護が冬獅郎の手にアメの棒を持たせた。

『それに後でまた帰るし…土産にもいっぱい買ってこーぜ』
『あ…うん…』

もらったアメを袋から出し、口に運ぶ。
暗さに段々と慣れて来て、うっすらではあるがお互いの表情がわかるようになって来た。一護は微笑んでこちらを見ているようだ。
視線を逸らしてアメに集中しようとするが、今度は呼吸をする度に感じる背中に添えられた一護の手を意識してしまってうまく食べられない。
そんな冬獅郎をずっと見つめている一護は微笑んだままだ。

冬獅郎は、一護の笑顔がとても好きだったが、普段は恥ずかしくてまじまじと見る事はない。
一護は自分にまっすぐに視線を向けてくるのに、いつもそれをかわしてばかりだった。
アメをなめつつ、そっと一護の顔に目線だけを移してみた。
こちらを見ている一護の笑顔。
思わず跳ね上がる心臓。
少しは落ち着いたと思っていた鼓動がまたしても速くなって、体の触れている箇所からそれが伝わらないかと内心焦ってしまう。
今自分はとても恥ずかしい顔をしているだろうなと思いつつ、冬獅郎はこの闇に感謝した。
きっと自分の頬は赤く染まっているからだ。

そのとき、頭上で大きな花火が打ちあがる。
どうやら今夜の祭りのクライマックスとなる花火が始まったようだ。
10号玉の巨大な華が夜空に咲いた。続く轟音。
辺りが一気に明るくなり、その瞬間お互いの顔がよく見えた。
冬獅郎に微笑みをむけたままのままの一護。
顔を真っ赤にしながら、一護を見上げる冬獅郎。

見つめ合う二人が、花火に照らされ浮かび上がる。
すぐに冬獅郎は顔を逸らし、花火の消えた夜空を見上げる。
再び辺りが闇に包まれると、一護は冬獅郎の背中にまわした腕に力を入れてそのまま小さな体を引き寄せた。
びっくりして、思わず一護の方を振り返った冬獅郎の顔に一護の顔がすっと近づいて来た。

『冬獅郎…好きだよ…』

小さく耳元で囁枯れたその声に、金縛りにあったように動けなくなる冬獅郎。
2発目の花火が打ち上がり、再び花火の明かりに照らされた冬獅郎の顔は、持っているりんご飴よりも更に真っ赤に染まっていた。
何も言えずにこちらを凝視している冬獅郎に苦笑しながら、一護は一気に冬獅郎を抱き上げて膝に乗せて後ろから抱きしめた。

『花火きれいだな…』
『…ん』

こんな体勢にも文句を言わず、おとなしく腕の中に収まっている冬獅郎に一護は少々驚いていた。
普段なら肘撃ちか裏拳、下手をすればどちらも。
そんな冬獅郎が自分の膝の上でされるがままだ。

あのまま横に並んでいては、自分を凝視して固まってしまった冬獅郎が花火が見れないと思ったので思い切って抱き上げたのだが、どうやらこれは功を奏したらしい。
小さな体はこわばったままだが、肩を撫でてやっているうちに力が抜けて来ているようだ。

花火は次々と打上がり、一気に何発も上がると周りは昼間のように明るくなる。
とてもきれいだった。
そして、この美しい花火を二人で一緒に見られた事に、一護はこの上ない幸せを感じていた。
だが、冬獅郎はどうだろうか。
ふと、小さな不安がよぎる。
自分の誘いに付き合ってくれたが、いろいろ連れ回して疲れさせてしまったようだし、食事もまともに食べさせてやれなかった。
いつものことだが、表情を隠してしまう冬獅郎が本当に楽しんでいるのか心配になってしまった。
勢いで抱き上げてしまったが、実は嫌がっていたりしないだろうかとだんだんと焦って来てしまう。

途切れること無く上がり続けていた花火が一旦止んだ。
次の準備をしているのだろう。

訪れた静寂に先程の不安が余計に増してしまった一護は、何か話題をと冬獅郎の名前を呼んでみる。

『あの…冬獅郎…花火きれいだったな…』
『ん…』
『…』
『…いちご…ありがと…』
『え?』

突然言われた感謝の言葉。
一護はそれを一瞬理解出来なかった。
しばしの沈黙。

その沈黙に先に耐えられなくなったのは冬獅郎の方だった。
もぞもぞと一護の膝の上で身をよじると、意を決したように体ごと振り返った。
そんな姿は端から見ればお姫様抱っこでいちゃつくラブラブカップル。

『冬獅郎?』
『…今日…楽しかった…それと…あの…』

冬獅郎は一護の顔は見ずに、俯いたまま言葉を紡いでいたが、そこまで言うと黙りこくってしまう。
無意識だろうか。一護の服をきゅっと掴んだまま小さく口を開けたり閉じたりしている。
何か言いたそうな冬獅郎に、一護は急かさずに待つことにした。

冬獅郎は一護にずっと伝えたい言葉があった。
でも、きっと一生伝えることは無いだろうと思っていた。
恥ずかしいというのもあるが、生きる世界が違いすぎる自分たちにはこの関係は続けるべきではないと常々思っているからだ。

しかし、先程一護に『好きだ』と伝えられた。
冬獅郎自身も同じ想いだ。
一護に言葉で伝えられ、想像以上の衝撃と喜びに思わず泣いてしまいそうになった。
そして、自分も伝えたい、伝えなければと思ったのだ。
だが、いざ言葉にしようとするとなかなかうまくはいかない。

じっと黙ったまま冬獅郎の言葉を待っていた一護だったが、冬獅郎が相当無理をしているのがわかっているので、だんだんと可哀想になってしまい、
思わずぎゅっと小さな体を抱きしめた。

『いちご…』
『いいって…ムリすんなよ…オレ、今すっげー幸せ…』
『…』

どぉん!と大きな音が響きわたる。
再び花火が打上がり始めた。

『お、また始まったぞ。ほら、見ようぜ?』
『あぁ…』

せっかくのチャンズを逃してしまった冬獅郎は、一護に促されて夜空に上がる花火を見上げる。
だが、すぐに一護へと向き直った。
花火の轟音に合わせて思い切り一護の首に抱きつき、花火の音にかき消されないように一護の耳元に顔を近づけて思い切り叫んだ。

『一護!好きだ…!』

大きな打ち上げ音にまぎれ、あたりにいる人間には聞こえてはいなかったようだが、一護にはしっかりと聞こえていた。

叫んだ冬獅郎の顔も真っ赤だったが、告白された一護の方も負けずに真っ赤になってしまっていた。
赤く染まったお互いの顔を見つめる。
視線を逸らしてしまいたいが、魔法にかかったように目線を逸らすことが出来ない。

そのまま二人は自然に引き寄せ合い、抱き合った。
時間が止まったように動かない二人。

その間も花火はあがり続けていたが、二人の耳には何も聞こえないし見えてもいない。
お互いを感じるだけで精一杯だった。

どれくらいそうしていただろうか。
力を入れたまま抱き合っていた腕がしびれてきている。
気がつけば花火も終わってしまったようだ。
周りにいた人たちが、立ち去って行く気配がする。

あたりに自分たち以外の生き物の気配を感じなくなった時。やっと二人は少しだけ体を離した。

『終わっちゃったな花火…』
『…ん』
『あのさ…また来年一緒に来れるかな?』
『うん…』

この先のことなんてわからないが、願わくばまたこの場所で一緒に花火を見たいと思う。
いや、花火なんて無くてもかまわない。
出来るならばこの先もずっと一緒に、側にいたかった。

そんな切ない思いを埋めるように、再び抱き合った。
そして、どちらとも無くそっと唇を寄せ、触れ合う。

遠くから祭り囃子が聞こえる。
クライマックスの花火は終わったが、祭りはまだ続いているようだ。

『冬獅郎、せっかくそんなかっこしてんだから、まだお祭りで遊んでこーぜ?』
『…もう疲れた…けど…』
『ん』
『さっきの輪投げ…リベンジしてやる…』
『はは…っ、じゃ、終わっちまう前に行こうか!』
『ああ』

手をしっかりと繋いだまま、祭りの明かりへと向かいゆっくりと歩きはじめる。

夏の夜はまだまだこれからだ。

先程、リベンジすると言っていた輪投げで、冬獅郎は言葉通りしっかりと景品をゲットした。
可愛らしいネコのぬいぐるみ。

次の日、浴衣を着て、手にはネコのぬいぐるみを持った冬獅郎の写真が、早くも出回っていたことを本人はまだ知らない。