『ぬいぐるみと冬獅郎』(一護、高校生。冬獅郎、園児。)

 

ちらほらと白い雪が舞い散る季節。
街中を歩けば色とりどりのイルミネーションがあちこちに飾られ、早足で歩く人々の目を楽しませていた。
もうすぐクリスマス。
人とすれ違う度に聞こえて来る楽しげ会話。
プレゼントの相談や、パーティの準備。
恋人や家族、友人とどうクリスマスを過ごすか、商売人はどれだけこのイベントを自店の売り上げにつなげるか…。
とにかく街は大忙しだ。
ただ、せわしないながらも人々の目は優しく温かい。そんな季節。

だが、オレは…というかうちではそんな年間最大のイベントの前に、もっと大事なイベントがある。
冬獅郎の誕生日だ。今年で4回目の。
世間がクリスマスで大忙しな中、オレ達家族は冬獅郎の誕生日の為に奔走していた。
4回目の誕生日と言っても、それはただ冬獅郎の年齢が4つになるというだけで、実は養子のあの子の誕生日を祝うのは今年で2回目だ。
昨年は、冬獅郎がまだ小さ過ぎたのと、あまり家族に打ち解けてはいなかったためささやかなプレゼントと、少し豪華な食事という簡単なものだった。
だが、今年は違った。
まずオレに懐いた冬獅郎。最近ではもともと持ち合わせていたのだろう強気な性格と甘えん坊な性格を惜しげもなく発揮して、どんどん家族になじんでいる。
オレが居ない時は大人しいが、それでも妹達とは仲良くやっているし、親父の異常な愛情表現も彼なりに理解しているようだ。
要するに、冬獅郎はオレとオレの家族にとんでもなく愛されているということがわかってきたのだ。
だが、それを喜んでいるのはむしろオレ達家族の方で、『ゴハンをいつもより食べた』だの『テレビを観て一緒に笑った』たのと、冬獅郎の一挙一動に感動していた。
だから冬獅郎の誕生日なんていう一大イベントは、クリスマスなんてものより遥かに大事だった。

今年で4つになる冬獅郎。
ちゃんと大きくなるんだろうか、と少し心配になる位小さな体。
別に小食な訳でもなく、好きな物となれば吐くまで食べる。
だが一向に成長しようとしない体が心配なのも手伝って、とくに親父のかわいがり方は常軌を逸している。
オレはそのままの小さな冬獅郎でもいいと思っているが、そう言う訳にもいかないだろう。
何しろ見た目は2歳児だ。
ただ、脳の発達は早いようで、最近では軽口も叩くしいい訳も出来る。
だから、特に心配する必要はなさそうだ。
その内きちんと大きくなるだろう。

とにかく、もうすぐあの子の誕生日ということで、家族で話し合いプレゼントを決めることになった。
話し合う必要があるのは、あげる物がかぶらないようにするためだ。
まだ小さい妹達は親父とともに3人で一つを買う事にし、オレは一人で冬獅郎へのプレゼントを買う事になった。

数日後、早速大きなショッピングセンターへと出向いた妹達は、あっという間にプレゼントを決めて帰ってきた。
妹達と親父が買って来たのはおおきなおおきなぬいぐるみ。
白くて、毛が長くて障り心地がふわふわのウサギ。
座った状態で置いてあるが、このウサギを立たせたら間違いなく冬獅郎よりもでかい。
そんなぬいぐるみを一生懸命だっこする姿を想像して、一瞬オレは頭が宇宙旅行へ旅立ったが、自分も早く決めねばと買い物へ行く事にした。

オレが外に行くというので、ついてこようとする冬獅郎を学校に行くからダメなんだとなんとかなだめて妹達と留守番をさせた。
きゅっと服の裾を掴んだ小さな手。ぽよぽよの眉を八の字にして大きな瞳は上目遣い。
いかん…負けそうになる…。
そこら編のチンピラよりも遥かに破壊力のあるその可愛さに、思わず抱き上げたくなる衝動をなんとか押さえ、オレは勢いよく玄関から飛び出した。
振り返らずに全力でダッシュする姿は、喧嘩して家出した少年に見えなくもない。
2つめの角まで走り、そこからはゆっくり歩いて行き先を考えた。

オレがまず向かったのは駅から少し離れたおもちゃ屋。
しかし、中に入ったはいいが店内のあまりの広さに2つほどブロックを回った時点で疲れてしまう。
おもちゃというのは原色ばかりで目にやさしくない。
とりあえずいったん店を出て、近くのカフェに入り落ち着いて考える事にした。

先程のおもちゃ屋の入り口にこれでもかと積んであったぬいぐるみは親父と妹達が用意したプレゼントとかぶってしまうので却下。
キャラクターのおもちゃといっても、キャラクター自体好きでなくては嫌だろうし、本人が実際に選ばないとおもちゃとして好まれるかどうかわからない。
食べ物という手もあるが、食ったら無くなってしまう物もなんだかそれはそれでさびしい。
オレの現在の持ち金で買えて、かつあの子に気に入ってもらえて、そして実用的でいつも持っていてくれそうな……。
この『いつも持ち歩いてくれる』というのは割とポイントだ。
しばらくカフェのソファに沈み込んで考えてみたものの、考えれば考えるほどハードルが高くなる様な気がした。

その時、窓の外のある光景がふと目に入ってきた。
外の歩道を寒そうに歩いている子供が、突然吹いた少し強い風があまりに冷たかったのか、首をすくめて歩みを止めてしまった。
傍らの母親が慌てて自分が巻いていたスカーフを子供の首に巻いてやろうとしている。
だがその子供は、花柄でいかにも女物といったスカーフを巻くのが恥ずかしくて嫌なようで、首を押さえて必死に抵抗している。
その瞬間、再び強い風が吹いたようだ。
その冷たさに負けたのか、母親の説得に負けたのかはわからないが、その子供はおとなしくスカーフを首に巻かれて照れたように下をむいたまま母親と手をつないで歩き去っていった。
その光景をじっと見ていたオレは、ある事を思い出した。

『そっか…あいつマフラー…』

冬獅郎は去年の冬の終わりに、いつも巻いてやっていたマフラーをダメにしてしまったのだ。
理由は、マフラーのふわふわな感触が大好きな冬獅郎。それを首に巻いてやるとすぐに顔を埋めて頬ずりしたり、暇さえあれば手で触りまくる。
更には、お気に入りのそのマフラーを家でも離そうとはせず、食事の時まで巻いたままだし夜寝るときも離したがらなかった。
だが、そんなふうに片時も手放さず、ほぼ24時間態勢で酷使されたマフラーは哀れ冬獅郎のよだれやら飲み物の汚れやらですっかりダメになってしまった。
毛玉どころの騒ぎではなく、毛が抜けたり穴があいたりする有様だ。
なんどもクリーニングに出そうとしたが、絶対に渡してくれないため、めんどくさくなったオレは春までそのまま放置していたのだった。
そして、暖かくなってきて冬獅郎の興味がマフラーから公園に移ったときを見計らい、こっそり資源ゴミとして捨てておいたのだ。
予想以上に汚れ、見るも無惨になったあのマフラーは、買った当時のふわふわ感はほんの少しも残っていなかった。

今年もそろそろマフラーを巻いてやらないと、あの小さな体と細っこい首が寒そうで見ていられなくなる。

そうと決まれば善は急げだ。
今しがた飲み干したカフェラテの会計を済ませ、外へ出た。

目標は大型商業施設の子供服コーナー。
あそこならきっといいマフラーが見つかるだろう。
オレは寒風が吹く道を出来る限り急いで歩いた。