『ぬいぐるみ3』



『ただいま』
『いちご!おそぉい!』

玄関に座り込み、靴を脱ぐオレの背中にものすごい勢いで飛びついて来た冬獅郎。
その衝撃で、前につんのめりかける。

『こらこら!苦しいって!』
『もうごはんだぞ!おれはらへった!』
『…ぐ…とり…あえず…離して…くれ…』

背中から飛びついてきた子は、そのまま後ろからオレの首に抱きつき、あろう事かぶら下がって暴れ始めた。
小さい手がオレの首に食い込んで痛いやら苦しやら、軽くパニックを起こしてしまう。
オレはやっとの事で冬獅郎をひっぺがすとそのまま小さな体をひょいと抱き上げ2階へと上がる。
冬獅郎を床へおろして急いで着替えをすませると、部屋の入り口で待っていた冬獅郎はとてとてと走りよってきて再び抱っこしろとせがんでくる。
言われるままに抱き上げてやると、きれいな翡翠の瞳を嬉しそうに細めた。

いつものように騒がしい食事を済ませ、冬獅郎と風呂に入った。
そして、冬獅郎を寝かしつける為にまだ体が温まってるうちに部屋へと向かう。
小さな体を小さいベッドに押し込むとぽよぽよの手でオレの手を握って来る冬獅郎
とろんとした目でオレをじっと見つめている。
そして、小さな声で話始めた。

『いちご』
『ん?』
『きょういちご、ほしゅうだったのか?』
『へ?』
『いちごはべんきょうできないから、きょうはがっこうによばれたってゆってた』
『……あ…そう!そうなんだ!』

くそ…夏梨あたりがでまかせを言ったのだろうが、名誉毀損だ。
だが、ここで否定して話がこじれるのは避けたい。
オレは適当に頷いておいた。

『…まぁがんばれよ。いちごはおれがいないとだめだな。あしたはおれがいろいろおしえてやるからな』
『…そうか…ありがとうな冬獅郎』
『ん…』

満足げに頷いた子供は、布団が暖まったのかまぶたがゆっくり降りて来た。
小さな寝息を立て始めたのを確認したオレは、リビングに戻り今日のプレゼントを買う為に必要な費用の相談をしようと、洗い物が終わった遊子にお茶を入れる。
遊子がお茶を飲みながら落ち着いたのを見計らって話を切り出した。

『ふうーん…そっか、そうだよね…セットの方がきっとかわいいよね』
『そうなんだよな…でも金たんねーし…バイトしたって今からじゃ間に合わねえし…』
『じゃあ、少し家計からだそっか?』
『あ…いやいや!それはダメだ!…だってよ…オレが買った事になんねーじゃねーか…』
『いちにい…かっこつけたがりー…』
『うるせぇよ…』

どこから聞いていたのか、夏梨がこっちを呆れたような目で見ている。
テレビに夢中だとばかり思っていたのに…。
視線を遊子に戻すと、彼女はお茶を一気に飲み干すと大きく息を吐き出し、びっと人差し指を立ててオレの顔の前に突き出した。

『じゃあねお兄ちゃん、明日から1週間の食器の洗い物とお風呂の掃除と水曜のごみ出し!これやってくれたらお小遣いあげます!』
『わ、わかった!…遊子…わりぃな…ありがとう!』
『あたしもそのマフラーと帽子つけたとこ見たいしね』
『ああ…あいつにすっげー似合うぜ!』

こうして明日から1週間の家事を手伝う事でなんとかプレゼントをそろえる事が出来そうなオレは、宿題をやりながらも数式そっちのけで、いつプレゼントを取りに行くか、冬獅郎と一緒に行くか、それとも誕生日パーティでいきなり渡してびっくりさせようか…そんな事ばかり考えていた。

次の日、未だにいつプレゼントを渡すかで悩み続けつつ、遊子との約束通り皿洗いをしているオレに遊子がお茶を入れながら話しかけて来た。

『おにいちゃん。土曜日なんだけど』
『ん?』
『お部屋の飾り付けとか、お料理とかケーキとかそっと用意したいから、お兄ちゃんシロくん連れてお外行っててくれないかなあ』
『ん…ああ…そうだなー』

自分の誕生日に何かしてくれると薄々はわかっていても、その準備が丸見えでは喜びも半減してしまう。
せっかくなら、ぎりぎりまで隠しておいてびっくりさせてやりたい。
ということは、プレゼントは冬獅郎と一緒に取りに行くか。

『そうだ、オレあいつのプレゼント取りに行かなきゃいけねーから、あいつ連れて行ってくる。その場で着て帰ってもいいじゃん』
『そだね。その間にいろいろ用意しておくね!』

という訳で、冬師郎の誕生日当日は朝からオレがあの子を連れ出して適当に時間をつぶし、その間に遊子夏梨親父で飾り付けやパーティの準備、という事になった。

『今日ね、角のケーキ屋さんでシロくんの好きなイチゴケーキ予約してきたんだよ』
『あいつ喜ぶだろーな…あそこのケーキあいつ大好きだもんな』
『いっつも安いロールケーキばっかりだからね。きっとよろこぶよね。楽しみー!』
『ああ…そうだな』

そうやってはしゃいでいる妹も、やはりオレから見ればとてもかわいい。
そこに、夏梨と一緒にテレビを観ていた冬獅郎がジュースが欲しいと走ってきた。
遊子がコップにジュースを注いで、冬獅郎に渡してやっている。
そんな光景を横目に、オレは再び手を動かし始めた。

洗い物を片付けたところで妹が用意してくれたお茶をすすりながら、遊子が予約したというケーキのチラシを手に取ってみるとたくさんのいちごの乗ったケーキの写真。
現物のケーキを見たらさぞ冬獅郎は興奮することだろう。
そんな可愛らしい弟の姿を想像しながらひとりにやにやしていた。

そんなオレを妹達は気持ち悪そうに眺めていた。