『ぬいぐるみ4』



さて、いよいよ待ちに待った冬獅郎の誕生日の土曜日。
オレは珍しく目覚まし無しですぱっと起きた。
豪快にカーテンを開けると朝日が燦々と降り注いでいた。
いつもは瞼に優しくないそんな光も、今日はうきうきした気分を更に高揚させる。
振り返れば、小さなベッドにまん丸く収まった冬獅郎がすやすや…というか、くーかくーかぐっすり眠っている。
このお寝坊さんの冬獅郎を起こすのは一苦労だ。
寒い時期になるとこれがまたとても厄介だ。
なにしろふわふわであったかい子供がいーにおいのする布団にくるまっているのだ。
子供を起こす前に、オレの睡魔がむくむくとわいてでてきやがる。
その欲望のままに一緒にベッドに潜り込んで、冬獅郎のほっぺに触りながら頭に顔を埋めて寝たい。
変態とでもなんとでも言え。

いやいやそうじゃない。
今日はこいつの誕生日だ。
階下では妹達が、飾り付けの準備をしてオレが冬獅郎を家から連れ出すのをやきもきしながら待っている。
冬獅郎がいる間は飾り付けはおろか、料理さえ作り始められない。
出来るだけ離れた位置から声をかけてみる。

『ほらー!おきろ!今日は出かけるぞ!お前の好きなお出かけだぞ!』
『んー…』
『早く起きろー!おいてっちゃうぞー!』
『…ぅん…』

ダメだ。
まだまだ夢の中にいる冬獅郎が声を描けただけで起きる筈もないが。
あったかい冬獅郎の布団に近づくのは危ないが仕方が無い。
思い切って布団をひっぺがす。
そして、条件反射のようにあっという間に丸くなった冬獅郎を急いで抱き上げる。
布団からいきなりはがされて、空中に引っ張り上げられた冬獅郎は重い瞼を半分ほど開け、
オレの顔になんとか焦点を合わせようとしている。
口の端からはヨダレの跡だ。

『うぁ…ふぁぁ…う…?…いち…ごぉ?』
『おはよう。冬獅郎』
『あ…いちごおあよー…』
『おはよう!よしよしちゃんと起きたな』

寝ぼけていて舌足らずだが、ちゃんと挨拶をしてくるあたりはとてもいい子だ。
思わず頬ずりしてしまう。

『さ…はやく支度してお出かけするぞ!』
『…?おでかけ?お買い物?』
『そうだ。お前に見せたいもんがあるんだ』
『おれに…?なんだ?』
『行ってからのお楽しみ』
『お…おー…』

冬獅郎の着替えを手伝いながら話すオレに、だんだんと冬獅郎の目が輝いてきた。
子供は基本的に『お楽しみ』という言葉に弱い。
まあ…一部大人にも通用するみたいだが。

『今日はな、お昼ご飯がちょー豪華だから、朝ご飯は駅前のスープな』
『?…ごうか?』
『たっくさん料理がでるってことだよ』
『いっぱい食えるのか?ジャムは?』
『もちろんジャムもいつもよりたっくさん塗っていいんだぞ?』
『おおー!』

そんな会話をしながらも、いそいそと出かける支度を整える。
冬獅郎には黄色いダウンジャケットと白い毛糸の手袋。
帽子とマフラーはこれから買いにいくから、店に行くまでは寒いだろうが、我慢してもらおう。

飾りを後ろに隠した妹達に見送られながら玄関を出ると、昨日よりもだいぶ風邪が冷たく、気温も低い。
そして雪でも降りそうな曇天が広がっている。
冬獅郎は細い首をすくめて『さむい』とつぶやいた。

『いちごぉ…おれのまふらーは?』
『ん…?あぁ…あれか、あのマフラーな…』
『うん』

寒そうに首を縮めたままの冬獅郎。

『それがすげーんだぜ?こないだオレが夜勉強してたらな、窓の外の屋根にネコがいたんだ。その猫は真っ白で小さなネコだったんだ。そんでそのネコが『とっても寒いからその子のマフラーを貸してくださいな』って言ってきたんだ』
『ねこ!おれみてないぞ!』
『お前は寝てたんだよ』
『そうなのか…』

残念そうにしょんぼりする冬獅郎。
だが、まさか捨てたなんて言えないので、オレは今作った嘘の作り話を続ける。

『そのネコが、あんまり寒そうだったから、お前には悪いと思ったけど貸してやったんだ。そしたらな、その猫が『その子には近いうちにとってもいい事がありますよ』っていって、屋根から飛んでいったんだ』
『ねこにかしたんだな。でもあのまふらーはおれのおふるだから、ねこはいやじゃないのか?』
『あったけーって言って喜んでたぜ?』
『そっか…』

少し照れたように、嬉しそうに微笑む冬獅郎。

『だから、きっと冬獅郎にはいいことがあるぜ?』
『うん!』

今度はオレを見上げてにっこり笑う。
天使だな。

駅前にあるスープ専門店で、軽く朝飯をすませてショッピングモールへと向かう。
暖かいスープを飲んだからか、寒さが少し和らいだ。
電車に乗ると車内はとても暖かく、さらにほっとした気分になった。
しかし、こんなに寒くても土曜となればみんな出かけたくなるようで、車内は相当混んでいる。
それぞれが楽しそうに会話しながら目的地へと向かっているようだ。
冬獅郎はしっかりとおれの手を握って、背伸びして外を見ようとしていた。
そっと抱き上げてみせてやると窓に手を突っ張って一生懸命外を覗いている。
だが、流れる風景を楽しむ暇もなく、すぐに目的の駅へとついてしまった。

お目当てのショッピングモールは色とりどりのイルミネーションとクリスマスの飾り。
そしてこないだオレが一人で来たたときよりも数倍混んでいる。
みんなクリスマスプレゼントを買いに来たのかもしれない。
親子連れやカップルがとても多かった。
ショッピングモール内に入ると、冬獅郎はおれを見上げて手を引っ張ってきた。

『なぁいちご、おれにみせたいもんてなんだ?』
『ん…こっちだ!もう少しだから』
『おう』

今度はオレが冬獅郎の手を引いて、マフラーと帽子を預かってもらっている店へと向かい歩く。
館内は小さな子供もいっぱいで、冬獅郎は落ち着かない様子だ。
この子はなかなか人に慣れない。
特に同じ様な年代の子供はなかなか友達になれないようで、オレの後ろに隠れてしまった。
そんな姿に苦笑しながら、通路の端を歩きつつようやく店にたどり着いた。

『ここだぞ』
『…ぅん』

ここに来るまでにたくさんの人とすれ違い、少し疲れてしまったようだ。
反応が少し遅い。
後ろにいる冬獅郎を、オレの体の前に押し出し店内を見せる。
そこで、やっと冬獅郎の目が輝きだした。

『ようふくやだ!』
『おう、あのな、今日はお前誕生日だろ?』

そう言ってにっこり笑ってやると、冬獅郎はキョトンとした顔でぱちぱちと瞬きを繰り返した。
だが、すぐに自分の誕生びだと気づき、頬が紅潮してきた。

『あ!』
『なんだよ忘れてたんか?』
『わすれてなんかないもん』
『まぁいいや。そんで、オレからのプレゼントなんだ』
『なにが?』

その時、オレの顔を覚えていてくれたらしい店員の女性がきれいにラッピングされた紙袋を持って来てくれた。
ばっちりのタイミングだ。

『うわあ…』
『冬獅郎、ほらお前んだぞ?』
『ほんと?ほんとに?』

オレは店員から紙袋を受け取り、冬獅郎へと渡した。
それをしげしげとみた冬獅郎はきらきらした目でオレを見上げ、また紙袋を見つめ、そしてオレを見上げる 。
その仕草が可愛いようで、店員の女性もくすくすと笑っている。

『ちょっと冬獅郎待ってろな』

オレは冬獅郎を店の入り口に待たせ、こっそりとこないだ払いきれなかった差額を支払った。
この一週間頑張ったかいあって、全額支払ってもまだ冬獅郎にジュースくらいは買ってやれそうだった。

『お待たせ』
『なぁいちご!これあけていいか?』

そう言う冬獅郎は、一刻も早く紙袋の中身を見たいようで、隙間から中を覗きながらオレに聞いてきた。

『うーん…ココじゃちょっとな…じゃああっちいこうぜ』
『ん…』

オレが指差したのは広い吹き抜けの真ん中に作られた休憩スペース。
飲食ワゴンもいくつかあり、買いも客のくつろぎの場となっている。
オレ達は暖かいココアを買って空いている席を探した。
既に買い物を終わって、休憩しているカップルや、家族の買い物に付き合わされたのであろうお父さん達で結構埋まってしまっているようだ。
歩き回りながら咳が空くのを待っていると、ちょうどすぐ側のテーブルの家族連れが席を立ったので、俺たちはそこへ座る事にした。
テーブルも広くて、紙袋を広げても大丈夫だろう。
紙袋を大事そうにかかえながらも、オレの持っている湯気の暖かいココアにも興味津々の冬獅郎は椅子に座ったのに、今にも立ち上がりそうだ。
オレは、ココアは熱いからとテーブルの脇によけて。先にプレゼントを開けるように促した。

がさごそとリボンと格闘していた冬獅郎だったが、予想通り途中からはびりびりという音に変わり、すぐに紙袋がただの紙に成り果てた。
中は更にピンクのグラシン紙的なものでマフラーと帽子が丁寧にたたまれ、包まれていた。
そのかわいらしい紙もびりびりに破り、ようやく中身を見ることの出来た冬獅郎の顔が驚きと嬉しさで輝いた。

『いちご!これまふらー!こっちは…ぼうしだ!』
『ああ…いいだろ?それ』
『すげえ!ふわふわだ!』

両手にマフラーと帽子を持った冬獅郎は、両方のほっぺでふわふわの感触を楽しんでいる。

『つけるか?』
『うん!』

プレゼント用なのでタグは既に外されていたから、オレはきれいな薄緑のふわふわのマフラーを首に巻いてやり、その感触を楽しんでいる冬獅郎の頭に帽子を乗せてやった。

思ったとおり、すごく似合っていた。
冬獅郎の銀髪に薄い緑はぴったりだ。
しかもとても暖かそうだった。
にこにこしながらマフラーを触ったり、帽子に手を乗せたりしている冬獅郎は言うまでもなく大喜びだ。

『いちご!おれにあうか?』
『ああ!すっげえ似合ってるぜ!』

さすがオレ!

『…いちごー…かがみみたい…』
『鏡か…あ、ほらあのガラスにうつってんぞお前』
『おー!ほんとだ…へへ…』

冬獅郎は中庭に面したガラスに映った自分に少し照れている様子でもじもじしている。
こんな可愛い姿が観れるなんて…頑張ってセットで買ってよかった…。
オレはもう感無量だ。

そういえばと、ココアがそろそろさめた頃なので二人で飲む事にした。
せっかく買ったばかりのプレゼント、汚しては大変とマフラーは外してやって、紙袋だったものに一旦しまう。

おいしそうにココアをごくごく飲みながら、冬獅郎は本当にご機嫌だった。
しかし、これから家に帰れば更に妹たちからのプレゼントやパーティが待っている。
今日は一日冬獅郎の輝く様な笑顔を堪能出来そうだった。

その前にこの天使は、ココアのおかわりをご所望のようだ。
やれやれと、オレはもう一度ワゴンに向かう。
オレの財布はこれにて本当にすっからかんだ。

だが、オレ心はあったかい気持ちが溢れていて、とても幸せだった。