『お花見2』

あれから数日が過ぎた。
この間、冬獅郎と買い物帰りに寄った公園でさくらのつぼみを見た日はあんなに寒かったのに、その次の日から急に気温が上がりだし、さくらの開花が早まったとニュースでやっていた。
あのさくらが満開になるまで1週間以上はかかるだろうと思ったのに、テレビのリポーターが指差した先は一面ピンクで、桜並木の下はたくさんの人が既に桜見物に来ているようだった。
今日が土曜という事もあり、都内の有名な桜の名所は映像で観るかぎり、とても混雑しているみたいだった。
オレはテレビの画面を観ながら、簡単な弁当を作っていた。

『よし!できたぞー、冬獅郎は終わったか?!』
『あとおやついれるだけ!』

仕舞う荷物はおやつだけのはずだが…。

冬獅郎の大好きなたらこのおにぎりをたくさん作ったオレは、部屋でいそいそと小さなリュックにおやつを詰めているこれまた小さな背中に呼びかけた。
よくよく見ると、おやつのお菓子をリュックに入れたり出したりしているようだ。
そんなところもまたかわいい。

『じゃ、行くぞ!』
『うん!』

すぐに元気な返事が聞こえ、冬獅郎がオレと出かけるのをとても喜んでいることが伺えて、なんだか嬉しくなった。

『いちご、オレのおにぎりちょうだい』
『ほら、重くないか?オレが持つか?』
『じぶんでもつもん』
『まだあったかいから、チョコの近くには入れるなよ』
『わかってる!』

冬獅郎に合わせ、食べやすいように小さく握ってやろうと思ったが、オレのと大きさが違うと拗ねてしまうので、同じ大きさに作ってやったおにぎりを二つ渡してやる。
まだ温かいそれに冬獅郎は頬を寄せて『あったけー』とつぶやいた。
おそろしくかわいい。
そして自分のリュックに入れて、振り返った。

『いちごー、おれぜんぶよういできたぞ』
『ん。じゃあー、あとはどっかで飲み物買っていくか』
『うん!』

外は天気予報通り穏やかに晴れていて、気温も割と高かった。
先程テレビで観た桜を思い出し、柄にもなくオレはうきうきしてしまった。
気持ちよい風が時折吹く中、せっかくなのでオレと冬獅郎は、散歩がてら少し遠い公園まで足を伸ばすことにした。

公園へ向かいながらも、あちこちに咲いた桜やチューリップなどの花が目を楽しませてくれる。
冬獅郎も綺麗な色の花を目にするたびに、歓声を上げながら嬉しそうに近寄っては眺めていた。
そんな姿をオレはしっかりとデジカメにおさめつつ、ゆっくりと目的地へ歩を進めた。

途中のコンビニでお茶とジュースを買い、ようやく目的の公園へとたどり着いた。
この公園は、以前冬獅郎が幼稚園で大げんかをして、一人で逃げ込んだ公園だ。
あの時、幼稚園からだいぶ離れたこの公園にこいつがどうやって一人で来たのか、今考えても信じられない。
そんなことを思い出しながら園中へと入った。
やはり、土曜日ということもあって、花見の名所などではないこの公園も、それなりに花見客で賑わっていた。
屋台などがある訳ではないので、皆弁当や酒を自分たちで持参して盛り上がっているようだ。
名所ではないといいながらも、この公園にはたくさんの桜が植えられていたし、数種類の桜と、池の周りに植えられた色とりどりの花が美しくて、地元の人間の隠れた花見所だった。
冬獅郎はこの喧噪の中、キョロキョロとあたりを見回していたが、薄いピンクの仮名をたくさんつけた木を指差しながら、オレの服を引っ張る。

『いちご!さくら!たくさんさいてる!』
『そうだな、思ったよりすっげー多いな、冬獅郎、まずは歩きながら花見しよっか?』
『うん、あるきながらみる!』

二人手をつないで歩きながら桜を眺める。
本当に綺麗だった。
こんなに綺麗なのに、わずか数日で散り始めてしまうなんてもったいないな…なんて思いながら低い枝の桜を間近で見ていると、くいくいとズボンを引っ張られた。

『いちご、おれもちかくでみたい』
『あ…ああごめん、おいで』

一旦しゃがんで、軽い体を抱き上げてやり、冬獅郎が見やすいように枝の近くに体を寄せてやると、小さな手を伸ばして花びらに触ったり、においを嗅いだりしている。
普段はやりたい放題の乱暴な冬獅郎だが、花や動物に対してはとても優しい子なのだ。
オレはたまに見せるそんな冬獅郎の姿に、思わず微笑む。
冬獅郎を抱いたまま、しばらくゆっくりと花見をし、池のそばまで歩いた。
腕の中で、あっちを見たり、こっちを見たりと忙しなく動く冬獅郎、落ち着きが無くて抱いているのも一苦労だ。

『お前さ、前にココまで一人で来たんだよな…ごめんな?あん時怒ったりして』
『…いーもん…いちごはわるくないから…』

そう言いながらきゅっとオレの首にしがみついてきた。
柔らかいほっぺが心地よくて、オレは冬獅郎の可愛らしい頬に軽くキスをした。
くすぐったそうに微笑む冬獅郎。

『いちご、はらへった…』
『だな…じゃああっちのベンチで食うか?それとも…せっかくだから桜の木の下行くか』
『きのしたがいい』
『オッケー…っと、どこにしようか』

この公園にはたくさんの芝生があり、その芝生で良い場所を探してにシートを広げようとオレは首を巡らした。
芝生にも結構たくさん人はいたが、さすがに穴場の公園という事もあり、まだまだいい場所は見つかりそうだ。
しばらく場所を物色し、あまり大きくはないが、とても綺麗な枝振りの桜の下へシートを敷いて落ち着くことにした。
ここからなら、真上に桜が咲いてるし、少し離れたところには大きな桜が何本もあって、遠目に見ても楽しめる。
更には、酒で盛り上がっているグループ達からも距離はあるので、静かに過ごせそうだ。
冬獅郎をあんな奴らのそばに座らせたら、どんな目で見られるか…。
考えただけで恐ろしい。

広げたシートの上に座った冬獅郎は、さっそくリュックからおにぎりを取り出して、食べ始めた。

『冬獅郎、ジュースここ置くからこぼすなよ』
『ん…いちご、おにぎりうめー』
『良かったな、ゆっくり食えよ?』

よほどおなかが空いていたのか、がつがつと食べる冬獅郎をみながら、オレもおにぎりにかぶりついた。
外で食うっていうのもあるのかもしれないし、こんな綺麗な桜を見ながら食べるのだから、ただのおにぎりも何倍も美味しく感じた。
コンビニで買ったペットボトルのお茶ですら、高級なものに思えてくる。

『あ!』
『んあ?どうした?』

突然声を上げた冬獅郎に、後ろの桜を見物していたオレは、驚いて振り向いた。
大きな目の視線の先を辿ると、小さな両手で持っている食べかけのおにぎりの上にピンクの花びらが一枚乗っていた。

『いちご!はなびらおちてきた!』
『ほんとだ…すげえな』

嬉しそうにおにぎりを掲げ、オレに見せてくれる。
あたりを見渡せば、ちらほらと時折花びらが舞っているのが見える。
もう満開なのだし、後は散ってしまうだけなんだな、と思うと少し寂しい気分になる。
冬獅郎はまだ花びらを見つめているが、このままではいつまでもおにぎりを食べられない。

『そうだ、冬獅郎!桜の花びら綺麗なの拾ってさ、押し花つくろうか』
『おしばな?』
『うん、押し花。花びらやお花とかをな、本とかに挟んでおいて、しばらくすると、枯れないで綺麗な色で残るんだ。それでなんか作ろうぜ』
『うん!』
『じゃあ、それ食っちまってさ、休憩したら拾いにいこう』
『ん…じゃあこのはなびらももってっていい?』
『いいぞ、…っとじゃあこの袋に入れようか』

オレがおにぎりを入れていたビニール袋に、そっと花びらを入れる。
そうすると、冬獅郎はまた元気におにぎりを食べ始めた。
こいつにしては珍しく、大きなおにぎりを2個きれいに平らげた。
なので、さすがにおやつは後回しになった。

食事をすませ、しばらく二人で寝転がり、真上に咲く桜を眺めた。
とても気分がいい。
うっかりするとこのまま昼寝でもしてしまいそうな雰囲気に、慌ててオレは体を起こした。
それを真似て、冬獅郎も元気に起き上がる。

『さて、冬獅郎、花びら拾いに行こう、それにせっかくおやつも持ってきたんだから、腹空かせないとな』
『ひろう!たくさんひろおうぜ!』

いったんシートや荷物を片付け、バッグに仕舞う。
そして落ちている花びらを選別しながら広い集める作業に専念した。
冬獅郎も嬉々としてあちこち走り回り、桜以外の花びらも見つけてたくさん拾ってきた。
そう時間もかからずに、オレの両手にいっぱい位の花びらが集まった。
こんだけあれば割と色々な押し花が作れそうな気がする。

『よし、もういいだろ。あとは家に帰ってからだ』
『おう、じゃあおやつ!』

どうやら今日のこいつは、とんでもなく食欲旺盛だ。
拾った花びらを嬉しそうに眺め、満足げな顔でオレを見上げてくる。
本当に今日はかわいらしい。
近くのベンチに座り、花びらを痛めないよう注意しながらバッグに入れると、とりあえずお茶とジュースで一息ついた。

『おしばなたくさんできるか?』
『うーん…まあ…うまくいくかはやってみないとわかんないけど、綺麗なのが出来るといいな』
『うん、そしたらおれのへやにかざる!』
『そうだな、ママにも見せてやれよ?』
『うん』

自覚は無かったが、実はかなり動き回っていたようで、気がつけば体がだいぶ火照っていて、オレは一気にお茶を飲み干した。
冬獅郎も喉が渇いていたのか、ペットボトルの半分までジュースが減っている。
持ってきたお菓子を少しづつ食べ、再び腹が満たされたところで、そろそろ帰ろうかという時間だった。
まだ15時にもならない時刻だが、夕方の子供向けの番組を逃したら後がやっかいだ。
せっかく今日はこんなに素直でいい子なのだから、テレビごときでぶち壊されたくはなかった。
満開の桜を背にして帰るのはとても心が引けたが、帰り道にも咲いているのを見ながら歩けるし、また来年も再来年もあるのだ。

『なーいちご、こんどおはなみいつするんだ?』
『そうだな…もう今年は散っちゃうだろうから、また来年だな』
『そっか…じゃあらいねんも、おれ、いちごとみる!』

毎年こいつと花見が出来るといいな…なんて思っていたら、先に冬獅郎に言われてしまった。

『そうだな、じゃあ今度はもっと豪華な弁当持って来て、朝から一日遊ぼうな!』
『べんとーにエビフライいれて。あとたまごやき』
『オッケーオッケー』

では、冬獅郎のママにお願いして立派な弁当を作ってもらわなければ…。
さすがにオレの一人暮らしのアパートでは豪華なもんは作れないし、何よりエビフライは高レベルだ…。
揚げ物用の鍋なんてないし、エビは高い…。

変なところで、オレは自分の出世を願う形になってしまった。
だが、来年の花見のことを思ってか、押し花作りのことを思ってか、とても嬉しそうにオレの手を握りながら歩く冬獅郎を見ていたら、ますます頑張る気が湧いてくるオレはとても単純な脳みその構造をしているようだ。

結局押し花は、あれこれ苦戦した挙げ句、なんとか成功し、クレヨンで絵を書き足してから簡単な額に入れ、冬獅郎の母親にプレゼントする事が出来た。
そのときの冬獅郎のはにかんだ笑顔を、オレは一生忘れないだろう。