『起きて!』(一護、高校生。冬獅郎、園児)

夏だというのに少し肌寒いような日が続いていたある朝。
黒崎医院の前には黄色の半袖のパーカーと、青の半ズボンを履いた冬獅郎。
まだ朝も早いのに、お寝坊で有名な冬獅郎が既に起きて動き出しているのはそれはそれは珍しいことだった。
冬獅郎はぴゅうと吹いた風に、一瞬首をすくめた。
そして、黒崎医院の門を見上げた。
まだ病院は開いていないので、辺りは静かで少し不安になってしまった冬獅郎はするりと門を潜り、玄関へと向かう。

玄関の中に入ろうかどうか悩んでいると、元気な声が後ろから聞こえた。

『あ!冬獅郎くん!おはよう!こんな朝早くにどうしたの?』
『うあ!』

突然の声に飛び上がらんばかりに驚いた冬獅郎は、うっかり尻餅をついてしまった。

『だ、大丈夫?おどかしてごめんね?』
『へ、へーき…』

慌てて声の主、遊子が冬獅郎に駆け寄る。
手を引っ張って立ち上がらせると、お尻についた埃を叩き落としてやる。
冬獅郎も手についた埃をぱんぱんと叩き、遊子にお礼を言った。

『もしかして、お兄ちゃん?起こしに来てくれたの?』
『え…あ…うん』
『そうだねー…もうそろそろ起きてくれないと!』
『あ、今ねお庭になってた無花果採って来たの!おやつにパイ作るから楽しみにしててね!』
『わぁ…』

遊子の持っていた袋の中にはたくさんの熟れた無花果が入っていた。
これがどうやったらパイになるのか冬獅郎には分からなかったが、いつも遊子の作ってくれるお菓子はおいしいので、期待に胸が膨らむ。

『今日はおにいちゃんと遊びに行くんでしょ?早くおにいちゃん起こさなきゃね!』
『うん』

遊子に促され黒崎家に入った冬獅郎は、一護の部屋へと続く階段をそっと登る。
部屋の前に着くと、冬獅郎はうんと背伸びしてドアノブに手をかけた。
中を覗くと、閉め切られたカーテンを透かして朝日が部屋に差し込み、柔らかい光に包まれていた。
その部屋の窓際に置かれたベッドの上で、タオルケットを首までかぶった状態の一護が仰向けに寝ていた。
それを見ると冬獅郎はたたっとベッドに駆け寄り、一護の顔を覗き込んだ。
つんつんと一護の手を突いてみる。
反応がないので、今度は顔を耳元に近づけて大きな声で起こしてみた。

『いちごー!おきてー!』

ついでに小さな手で寝ている一護の肩を揺さぶる。
しかし一護に起きる気配は全くない。
少し頬を膨らませた冬獅郎は、もう少し音量を上げることにした。

『ねぇーいちごー!おきろー!』

だめだった。

『いーちーごー!いーちごー!!!』

先程からずっと耳元で叫んでいるのだが、何度叫んでも起きてくれそうもない。
だが、冬獅郎は諦めないで必死に起こそうとしていた。

昨日、『明日はドーナツ屋に連れて行ってやる』と一護が言ったからだ。
冬獅郎の大好きなドーナツは電車に乗って隣の駅まで行かないと買えないので、滅多に冬獅郎の口に入ることはなかった。
一人では行く事は出来ないし、両親も忙しくてなかなか連れて行ってはくれなかったから、今日はとても楽しみだったのだ。

だから冬獅郎は今日の朝、信じられないことに誰にも起こされずに、自力で起きて一護の家にやって来たというわけだった。
服も頑張って一人で着替えて、靴もちゃんと履いた。
なのに、言い出しっぺの一護が起きてくれない。

『ねぇーってばー!いちごー!!!』

足をじたばたと踏みならし、声の限り叫ぶがたまに『う~ん…』とか、『もうちょっと…』とか言うだけで、一護はまた寝てしまう。

実のところ、一護は夏休みに出されたとんでもない量の宿題を昨日中に終わらせようと、なんと一晩で片付けた。
もともとこつこつと進めてはいたのだが、残り一週間となった夏休みを思い切り冬獅郎と遊び倒そうと思ったのだ。
だが、多くの問題はすらすらと解いていったものの、ある問題でつまずき、その問題を終わらせることが出来たのはもう空が白み始めて、小鳥のさえずりが聞こえてくる時間だった。
ノートや教科書はそのままに、すぐにベッドに滑り込みあっという間に眠りに落ちた。
ここ一週間程の猛暑の疲れも溜まっていたのかもしれない。
ぐっすり眠った一護はちょっとやそっとではおきる気配もなかった。

『……』

叫ぶのにも、揺するのにも疲れた子供は、ぷーっと頬を膨らませて一護の寝顔を睨みつけた。
すやすやと気持ち良さそうに眠る一護。

『おれ…がんばってひとりできがえたのに…』

ちっちゃい手を伸ばし、一護の頬をぺちぺちと叩いてみるが、やはり反応はない。
今日は一護がドーナツを買ってくれるのからと、朝ご飯も食べてこなかった。
たっくさんのドーナツを食べたかったから。

一護の上にかぶさっているタオルケットを少し持ち上げ、冬獅郎はもそもそと一護のお腹によじ上ってみた。
『うーん』と少し苦しそうにうめく一護だったが、目は覚まさない。

冬獅郎はそのままうつ伏せになって、一護の胸にあごをのせて両手両足を大の字に広げる。
しばらくそうしていると、一護の呼吸に合わせて胸が上下する動きが面白くなってしまった。
自分の体が少しだが一護の呼吸によって持ち上げられる感覚が楽しいのだ。
右の頬を下にして、一護の胸に押し付けてみると、一護の心臓の音が聞こえてきた。

しばらくそうしているうちに、頑張って早起きした子供はだんだんと眠くなってきた。
一護の体温が伝わって来ているせいもあったし、規則正しい心音が耳に心地よかったせいかもしれない。

『ふぁぁ…』

小さな口を大きく開けて欠伸をすると、一護の上にのっかったままの冬獅郎から小さな寝息が聞こえ始めた。

『んあ…あれ?…とう…しろう?』

ようやく一護が起きたとき、目の前…というか自分の上に冬獅郎が乗っていて、可愛らしく寝息を立てている。
寝ている間苦しくなってきたのは、このせいだったのか。
しかし、なんでこいつがオレの乗ってるんだ?といぶかしく思った一護だったが、そういえば今日はドーナツを買ってやる約束をしたんだった…と思い出す。だが、あんまりにも可愛らしいその寝姿に、起こすのもはばかられ、そのまま小さな背中を撫でる。

時計を見れば、もうすぐ10時になるところだった。

『オレを起こしに来て、眠くなっちまったのか…ごめんな』

もう一度優しく冬獅郎の背中を撫でる。
少し逡巡したあと、一護はタオルケットを引っぱり、冬獅郎の背中がすっぽり隠れるまでかけてやった。
そして、このまましばらく寝かせておいて、ドーナツ屋へは昼飯に合わせて連れて行くことにした。

そう決めた一護はきちんと11時に目覚ましをかけなおし、もう一度目を閉じた。

そっと部屋を覗きに来た遊子が、思わず微笑ましくなってしまう格好で寝ている二人を見つけ、更に後ろから来た夏梨が、写メを撮ろうというのを遊子は必死に止めるのだった。