『おむかえ5』

一護は店長に言われた通り、冬獅郎を連れてフロアに戻った。
そして、店長の姿を見つけると、もう一度謝っておこうとレジカウンターにいる店長の元へ急ぐ。

『店長あの…ほんとすみませんでした!』
『いやいいよいいよ…別に悪いことしたわけじゃないし、ちょっとびっくりしたけどな』

一護の隣にいる子供を見つつ、そう言って笑う店長に一護はもう一度『すみません…』と頭を下げた。
すると、一護の真似をして、冬獅郎もぺこりと頭を下げた。

『さ…帰ろう冬獅郎』
『うん』

手をつなぎ帰ろうとした時、二人の横を両手にほかほかの料理の皿を持ったスタッフが通った。
食欲をそそる匂いに、冬獅郎のおなかがぐうぅーっと鳴った。

『……』

一護が手をつないだ先を見下ろすと、空いたもう片方の手でお腹を押さえて、口を半開きにし、今にもよだれを垂らしそうな顔で料理を運ぶスタッフを、瞬きもしないで見つめる冬獅郎。

『お前…腹減ってんのか……』

ということは、夕飯前に家を出たということか…と、一護は気づく。
何時間も町中を彷徨って、怖くて空腹にも気づかず歩き続け、やっと自分の元にたどり着き安心してお腹が空いたのだろう…となんだか切ない気持ちになった。

『早く家帰って飯食おうな』
『……』

話しかけても、運ばれて行ったハンバーグを見つめる冬獅郎は、全く反応をしない。
口元を見ると、涎がちっちゃな唇の端から流れている。
少し腕を引っ張ってみても、一護に引きずられるだけで、動こうとはしない。
そんな二人の様子を見ていた店長が、一護に向かって声をかける。

『黒崎!ちょっとあそこの席で待っててくれないか?』
『え?店長なんすか?』
『いいから!ほら早く座ってろ』
『はい…ほら、行こう?冬獅郎!』

にこにこと笑いながら二人を促す店長の言葉に従い、一護は冬獅郎を連れて4人用のボックス席に座った。
向かい合わせに座ろうとしたが、冬獅郎が隣に座れと聞かないので横に腰掛ける。
すぐに先輩スタッフが水を運んで来てくれて、一護は礼を伝えコップの水を半分程飲んだ。
やっぱり何か怒られたりするのだろうかと、少し緊張する。
隣を見れば、冬獅郎は小さな手でしっかりコップを持ち、ごくごくとすごい勢いで水を飲んでいる。
よほど喉が渇いていたのか、すぐに水を全て飲み干し、コップの中の氷までかじり始めている。
その様子に苦笑しつつも、すっかり元気になった冬獅郎に一護はほっとして自分の水を分けてやった。
その水も冬獅郎はすぐに飲んでしまった。

しばらく待っていると、二人の前に頼んでもいない料理が運ばれてくる。
一護の前にはサンドイッチとアイスコーヒーが、そして冬獅郎の前にはお子さまランチとオレンジジュースが置かれた。
パントリーの陰からは、笑顔で店長がこちらを見ている。

『え…これって…』
『わぁ…!一護ごはん!ごはんだ!』
『店長のおごりだってさ!よかったなーただ飯食えて!』

嬉しそうに歓声を上げる冬獅郎とは別に、一護は何が起きたのかと男性スタッフを仰ぎ見れば、店長のおごりであるという。
おろおろしてしまう一護に、先輩は笑いながら空っぽになったコップに水と氷を注いでくれた。
冬獅郎は目の前のお子さまランチに大喜びで、目をキラキラさせながら『食べてもいーい?』と一護に聞いてくる。
一護はなんていいバイト先と人々に巡り会えたんだ…、と心の中で感謝をし、きちんと言葉でもお礼を言ってから、『食べていいぞ』と、餌を目の前にお預けをさせられている子犬のような冬獅郎に許可をだした。
しかし冬獅郎は、嬉しそうにお子さまランチを見つめるだけで、なかなか食べようとしない。

『どした?食わないのか?』

サンドイッチを頬張りながら聞いてみると、手をきゅっと握った冬獅郎が、興奮気味に答える。

『すごいよいちご!これたくさんいろいろのってる!ハンバーグも!エビフライも!ぷりんものってる!』

そう言えば…前に家族で来た時は、冬獅郎はまだまだ家族になじめていなかった。そのせいで、遊子にメニューを見せられても、一護の腕にしがみつくばかりでメニューを見ようともしなかった。
仕方がないので、一護が勝手に遊子と同じホットケーキにしたのだが、オーダーしたものを待っている間に、冬獅郎は隣のテーブルへ運ばれて行ったお子さまランチをじーっとうらやましそうに見ていたのを一護は思い出した。
ホットケーキ自体は、それはそれで気に入ったらしかったのだが、やはり子供は色んなものが少しずつ詰め込まれたお子さまランチが好きなものだ。
今まで一度も食べた事の無いそれを目の前にして、もったいなくて手が付けられないようだった。
そんな姿が可愛くて愛らしくて、思わず一護は微笑んだ。

『ほらせっかくお前の為に作ってくれたんだから、早く食べないと』
『うん!』

一護に促され、ようやくフォークを手に持ち、ハンバーグにフォークを突き刺した冬獅郎は、なぜか手掴みで海老フライを口に運ぶという、なんとも不可思議な行動をとる。
思わず呆れて見つめてしまう。
よっぽどお腹がすいていたのか、次々と口の中に食べ物を運んでいる冬獅郎に、一護もつられてサンドイッチを腹に詰め込んで行く。
休憩中に夕飯は済ませたのだが、その後も続けて働いていたので、これくらいは軽く食べられそうだった。
サンドイッチの最後の1つを口に入れようとしていた時、名前を呼ばれた。

『いちご!』

手を止めて横を向くと、ハンバーグのデミグラスソースと、パスタのトマトソースと添えてあるポテトに付いているケチャップまみれのフォークに、ホイップがたくさん乗っかったプリンが突きつけられた。
一護の方へ『あーん』といいながらフォークを差し出してくる冬獅郎。

『………あ…ありがと…』

じっとその物体を見つめた後、諦めたように一護は口を開いた。
なんだかよくわからない味になったプリンを、ありがたく頂いた一護が冬獅郎を見ると、満足げに頷いた子供は、微笑んで自分の食事にもどった。

一護は空になった自分の皿を脇に避け、アイスコーヒーにミルクだけを入れて飲みながら、未だお子さまランチを良くない意味でも三角食いをしている冬獅郎のオレンジジュースに、自分のアイスコーヒー用に用意されたガムシロップを入れて混ぜてやる。
実はオレンジジュースは酸味が強くて冬獅郎は苦手だ。
だが甘くしてやれば喜んで飲むのだった。
珍しく残さず食事を食べ終えた冬獅郎に、甘くしてやったジュースを飲ませながら腕時計を見ると、22時を回っていた。

『げ!やっべもうこんな時間じゃん!』

そして、慌ててカバンからケータイを取り出すと、自宅に電話をかけようとして、一護の手が止まる。

着信履歴が夕方から今まで、全て家からの番号で埋まっていた。

『…すっげー怒られそうなんだけど…』

心配しているだろう家族の顔が思い浮かび、もしかしたら全員で探してるかも…
捜索願まで出てたりとか…と、ぐるぐる考えながら、おびえつつ家に電話をかける。
呼び出し音が鳴るか鳴らないかですぐに電話に出たのは遊子だった。
冬獅郎君がいなくなったとまくしたてる遊子に、かいつまんで説明し、こちらの無事を告げると電話の向こうでわめきながら泣き出してしまった。
一護は電話の向こうの妹を、必死になだめながら、今からすぐ帰ると伝え、電話を切った。
嵐のような電話を終え、ため息をついて隣を見れば、口の回りを食べかすで汚したままの冬獅郎の目が既にうつろだった。
腹が満たされて、今度は睡魔に襲われているらしい。

『うわわ!冬獅郎!まだ寝んなよ!』
『んー…』

半分まぶたの閉じた冬獅郎の口の周りを拭いてやり、大急ぎで身支度を整え、スタフ達に改めてお礼を伝える。
冬獅郎を抱いて店の外に出ると、ちょうどシフト上がりの男性スタッフが車で家まで送ってくれるという。
申し訳なかったが、色々ありすぎて一護も疲れきっていたので、ありがたくその申し出を受け入れることにした。
車ならものの5分程で家に帰れる。
すっかり夢の中の住人になってしまった冬獅郎をひざに乗せて、一護は車の後部座席に身体を沈め、慌ただしかった一日を思い起こしていた。

『お前の弟かっわいいなー』
『え?…あ…まぁ…でも困ったやつですよ…』
『また連れてこいよ!』
『そ…それは…勘弁ですよ…』

来週からはどうしようか…。
再びバイト先に冬獅郎が一人で来ることが無いように、何か対策を立てないといけない。
一護の胸に顔を埋めてすーすーと寝息を立てる子供の頬をつつきながら、尽きることの無いため息が漏れる。

車窓の外を流れる景色を眺めながら、一護はもう一度ため息をついた。

まずは、家で待つ家族に事情を説明して、一旦冬獅郎を起こし風呂に入れて寝かせ、自分もゆっくり風呂につかりたい。
そして眠りを貪りたかった…。
だが、それはまだしばらく先の事になりそうだった。