『手作り弁当1』

 

一護が朝目を覚ますと、昨夜一緒に眠ったはずの日番谷の姿が無かった。トイレにでも行ったかと思い、しばらく待ってみたがその様子も無い。
ベッドから起き上がり周りを見ると、日番谷の荷物が消えていた。

『あいつ…帰ったのか?』

後頭部を掻きながらベッドから降りた一護の目に机の上の紙切れが映った。
小さなメモ用紙にが一枚。そこにはたった一行殴り書き。

<今日は晩飯食うな>

『なんだこりゃ』

確かに日番谷の字で、それだけが書いてあった。
不審に思い、裏返してみてがどう見てもそれだけ。

『晩飯くうな……って、あいつ今日もくるのかな…』

昨晩は疲れが溜まっていた様子の日番谷だったので、話もろくに出来ずに早めの就寝。
一護の家に来るなり風呂に入って、ベッドに飛び込んでしまったのだ。
何か言いたげだったが、それよりも寝たいらしく眉を寄せて眠気と戦いつつもすぐに目を閉じてしまった。
一護もそのまま日番谷を腕におさめながら眠りについたというわけだ。
晩飯を食うなということは、一緒に食事をしようということだろう。
今日は少しはゆっくり出来るだろうか…。

にやける顔を手の平で叩き、朝の支度へととりかかった。
今日も高校生としての一日を全うしなくてはならない。
一護を起こしに来た父をあっさり撥ね除け、妹が作ってくれたありがたい朝飯にありついた。

その頃の日番谷はというと、早朝こっそり一護の部屋を抜け出して急いで尸魂界へと戻っていた。
せっかくわざわざ行ったのに、昨日はすぐに寝てしまった。
だが、十分に睡眠を取ったおかげで今日は一日元気でいられそうだ。
朝日を浴びながら大きく伸びをする。背筋が伸びてとても気持ちよい。すっきりと晴れた空を見上げいい気分だったが、日番谷は何かに気づいたようにはっとして、
すぐに難しい顔になってしまった。
広がった青空に背を向け、とぼとぼと部屋へと戻る。
大きく深呼吸をして、気分を変えようと朝ご飯でも食べようと思ったが、食欲が出ずになんとかみかんを2個食べた。
自室に戻っても本を読む気にもならず、かといって外へという気分でもない。
座ったり立ったりと、そわそわと落ち着かない様子で、ちらちらと時計を気にしているうちに結局昼過ぎになってしまった。
もう一度時計を確認して、部屋の外の霊圧を探る。

『そろそろ時間なのに…』

約束の時間はもうすぐだ。
部屋で待てと言われたからおとなしく待っていたが、元来時間より早めに動く日番谷としては、ぎりぎりの時間で待たされるのは
我慢ができない。
再び霊圧を探ってみるが、約束した人物達の霊圧は近くには感じられない。

『ちっ…』

ここにいても落ち着かないので、自分から出向くことにした日番谷は、いつもの死覇装ではなく、普段着で自室を出た。
ゆっくりと足を進めていると、かなり慌てた様子の2つの霊圧が近づいて来た。
視覚で確認できる所まで近づくと、日番谷は足を止めて壁に寄りかかった。

『あ!隊長!いま行こうとしてたのにー!』
『あぁ…暇だし、お前の事だからどーせ遅れてくるだろう?』
『んもー!そんなことないですよう!それに今日は朽木もいますもん!』
『ひ、日番谷隊長!おはようございます!…と、もう昼ですが…』
『ん…おはよう…すまないな…』
『いえ!不肖朽木、日番谷隊長の為ならば!』
『…あぁ…』
『さ!隊長!早速作りましょうか!』

そう言うと松本は、日番谷の腕を掴み大股で歩き出した。背の違いから、日番谷はぶら下がっているようにしか見えない。
その後を朽木ルキアが、笑いをかみ殺しつつなにやら大荷物をぶら下げ、ついていった。

3人の着いた先は朽木家の台所。
やはり大貴族の家だけあって、台所一つとってもとてつもなく広い。
ここまで来るだけでも一苦労だった。何処をどう進んできたのかわからず、気がついたらここにいたという感じだ。
台所には大小の鍋や、包丁。何に使うのか分からない器具まで、ピカピカに磨かれた状態で置かれている。
日番谷は普段あまり目にする事の無い光景に圧倒され、じりじりと後ずさりをしている。

『なぁ松本…やっぱり…』
『どうしたんですか隊長!今日は一護の誕生日でしょう?頑張ってお弁当作るんですよね?』
『…でも…』

そう、今日は他でもない一護の誕生日だった。
日番谷は何日もかけてプレゼントにふさわしい物を探したが、忙しい身の上もあり、結局昨日まで見つける事ができなかった。
困り果てた日番谷は、一護と普段行動を共にしているルキアに相談する事にした。
ルキアは真剣に日番谷の相談に乗ってくれたが、一護が欲しがっているものは結局良く分からずじまいだった。
一護の性格からして、あまり物欲が無いというのだ。

更に困ってしまった日番谷に、ルキアはこう助言した。
『日番谷隊長からなら、一護の奴は何でも喜んでくれるはずですが…日番谷隊長、どうでしょう?普段しない事をしてみるというのは?』

一瞬きょとんとした日番谷だったが、そんな事を言われても何をしたらいいか分からない。
その時、どうやら途中から話を聞いていたらしい松本が現れた。

『隊長!一護にご飯作ってあげたらどうですか?隊長の手料理!』
『はぁ?んなことオレが出来る訳ねーだろ!料理なんてした事ねーし…』
『だから良いんじゃないですか!』
『そうですね、日番谷隊長!そうしましょう!この朽木もお手伝いします』
『…なに言ってんだよお前ら…』

だが、二人の口元は笑っているが、目は真剣だ。
どうやらこの、とても面白いと思われるイベントを逃してたまるか。
ということらしい。

『…わかったよ…』

ため息とともに日番谷はこの企画を了承することとなった。
少々心配ではあるが、二人が手伝ってくれるというならあまりにもひどいものは出来ないだろう。
それに、自分の作ったもので一護が喜んでくれたら、買ったもので喜ばせるよりもうれしい気がした。

一応、一護の好きなものをリサーチすべく、前日に日番谷は一護の家に行ってさりげなく好物を調べるつもりだったが、この所仕事と一護のプレゼント探しで疲れきっていた日番谷は、一護の家に着いた途端に睡魔に襲われてしまい、かろうじて風呂には入ったが気がつくと朝までぐっすり眠ってしまっていた。
結局何も聞けず、仕方がないのでルキアと松本にメニュー作りを任せ、日番谷は作る段階から参加する事にした。

午前中いっぱいかけて松本の考えたメニューは、かろうじてルキアが知っていた一護の好物をおり混ぜたもので、明太子入りだし巻き卵や、煮物、唐揚げ、サラダ、デザートと巻き寿司。
かなり豪華な重箱弁当になりそうだった。
しかし、どれもこれも日番谷には作る事が難しく見えてしまう。
(唐揚げ…ってニワトリ…?だよな?)
情けないことに、こういうことにはてんで弱い。

『なぁ…やっぱこんなんいーよ…何か適当にいいもん食わせりゃいいだろ?れすとらんとか言うとこ連れてって…』

メニューを一瞥した日番谷は、不安を悟られないよう面倒だと言わんばかりのため息をつき、あからさまに眉間のしわを増やして見せた。
面倒などではなく、料理なんてした事がない日番谷には、メニューのどれもこれも作り方なんてわからなかった。
刀は使えるが、包丁は持った事すらない。
お湯の沸かし方がわかる位だ。
ごはんにふりかけをかけたり、納豆を混ぜたりするのはおそらく調理とはいわないだろう。
だが、作れないなんて今更言えず、全身で面倒だという空気を醸し出しながら、文句を並べる。

『だめですよ!ココまできたんですから…さ!がんばりましょ!』
『材料は全部揃ってますから!日番谷隊長は安心してください』
『……はぁ…』

何を安心していいやら…日番谷はとうとう諦め、やる気の二人に従う事にした。
エプロンを無理矢理着せられ、ため息をついた日番谷は楽しそうな女性二人を恨みがましい目で見る事しか出来なかった。

『じゃあ、あたしは煮物の出汁とりますから、朽木は唐揚げの準備してくれる?』
『はい!わかりました!』
『隊長は卵焼きの卵を5個割ってくださいね』
『あ…あぁ…』

てきぱきと指示を出す松本に圧倒されながらも、どうにか調理台の前に立つ。
そして日番谷は言われた通り、卵を割ろうと目の前に置かれた卵を見つめる。
白いニワトリの卵が5つ。

(どうやって割るんだ?)

とりあえず、二人にバレないように固まる日番谷。
割れと言われても、やり方がわからない。
だが、松本があんなに簡単そうにあっさり言うのだから、きっと難しくはないのだろう。
だが、いくら天才といえども、経験が全くないものに関してはお手上げだった。

とりあえず、近場にあった棒を引っ掴み、まな板に置いた卵めがけて振り下ろした。
ぐちゃ…という耳障りな音を立てて、卵は割れた。
確かに割れた。
不審な音に、松本とルキアが振り返る。

『ちょっと!隊長!何やってるんですか!』
『何…って、卵割った…』
『…日番谷隊長…』

まな板の上の割れた生卵と、飛び散った殻を見つめ、ルキアがやや呆れたように息を吐いた。
それをちらりと視界の端に収め、日番谷は持っていた棒を(これは麺伸ばし用の棒だったのだが)それをまな板に無造作に置いた。
そしてプイとそっぽを向いてしまった。
ルキアに呆れられ、なんだか情けなくなってしまう。

『もういい…やっぱやんない』
『隊長ったら…』
『日番谷隊長!わたくしが見本を見せますから!もう一度やりましょう』

松本が口を開きかけた瞬間、ルキアが叫ぶ。
そして、卵を1つ持ち、まな板の角に軽くぶつけ、ひびの入った卵を両手で割った。
ボウルの中には、殻のかけらも入っていないきれいな生卵が入っている。
にこりと笑顔をを日番谷に向け、ルキアは日番谷に卵を渡す。

『こうやって割るのですよ。さぁ!日番谷隊長も』
『あ…あぁ…』

松本ではなくルキアに笑顔で言われてしまい、日番谷は反抗の言葉も浮かばず、しぶしぶ卵を手に取った。
見よう見まねで割ってみる。
ボウルに落ちた卵は黄身が割れてしまい、小さな殻も少し混じってしまったが、どうやら、成功したらしい。
思わず、日番谷の顔が明るくなる。
ボウルの中の卵をしばし見つめる日番谷。

『で…できた…』

小さくつぶやかれた日番谷の言葉のあまりの可愛らしさに、松本とルキアはポーカーフェイスを保つので精一杯だった。
ルキアに殻を取り除いてもらってから、残りの卵も全て割る。
最後の1つは、黄身がつぶれずにきれいに割る事が出来た。
満足げにボウルを覗き込む日番谷は、何処からどう見てもお母さんの手伝いをする子供だった。

『じゃあ、隊長それをかき混ぜてください。混ぜたらこの出汁を入れて、また軽く混ぜてくださいね』
『あ…うん』

混ぜるだけなら簡単で自分にも出来ると思い、すぐに返事を返す。
いつもと逆の立場の二人を微笑ましそうに見つめるルキアも、松本の声に返事をしながら走り回る。
テキパキとした指示を受け、日番谷は言われた通り卵を混ぜる。
いつもこんなふうに仕事してくれたら…なんてことも少し頭をよぎったが、今は卵だ。

『混ぜたぞ…』
『あ…はい!』

大きなボウルを抱え、泡立つほどに混ぜた卵を見ながら日番谷がつぶやくと、ちょうど鶏肉をたれに漬け込み終えたルキアが振り返った。

『では、次は焼くことにしましょう』
『ああ』

そういってルキアが取り出したのは、四角い形をしたフライパン。
火にかけ、あたためる。

『日番谷隊長…どうぞ…』
『……』

言いづらそうに、小さな声でルキアが示したのは、踏み台。
日番谷はそれを凝視して動かない。
松本が炊きあがったご飯を混ぜながら、日番谷の方を見もせずに言う。

『隊長!火を使うのは危ないですから、ちゃんと朽木の言う事聞いてくださいね』
『こんなもんいらねえ…』

言いながら、日番谷がフライパンの前に立つと、顔の前にフライパンが来てしまい、熱された油が日番谷の顔に跳ねた。

『っち…』
『あ!ほら、危ないですよ!日番谷隊長…あの…ご面倒ですがどうかコレに乗ってください』
『……』

しぶしぶ踏み台に乗り、箸とボウルを受け取る。

『んで…どうやったらいいんだ…?』
『大丈夫です!言う通りにやってください』
『あぁ…わかった』

言われるがまま、少しずつ卵を流し込む。

そして…言う通りにやったはずなのだが…というか、日番谷の元々の素質なのか、途中から見ていられず参加した松本を含め、3人で悪戦苦闘した結果
なんとか出し巻き卵のような物は出来た。
本当は明太子を卵の中央に包みたかったのだが、今の日番谷には高等過ぎてとてもじゃないが作らせる事は出来なかった。
日番谷の指はあちこちやけどまでしている。

あまりにも卵との格闘に時間がかかってしまい、気がつけば夕方だった。
ルキアが明かりをつけてくれた。

『たいちょーう…もう時間無いですよー…』
『…もう…いい…』

松本が疲れきった声で、切った卵を重箱に詰めている。
実は、他のメニューはまだ一つも完成出来ていなくて、途中で放置されていた。

『でも…卵焼きだけってのも…ねえ…』
『そうだ…日番谷隊長!明太子を入れたおにぎりならすぐ作れます。それを作ればとりあえず弁当の形にはなります!後は我々が後ほど差し入れという形で持って行きますから!それだけ作りましょう』
『あ!そうしましょう!隊長それが良いです。早速おにぎり作ってください!』
『もう…いいって』
『ダメですよ!ここまでやっといて…。一護おなかすかせてるんですよ?』
『……わかったよ…』

やけどした指に少し痛みもあったが、ここまで来ては仕様がない。
日番谷は小さな手を冷やしながら、おにぎりを作りはじめた。
幸い、だいぶ前に炊き終わっていたごはんは、程よく冷めていて、真っ赤になっている日番谷の手にそれほど負担はかけなかった。

日番谷の手で作られたおにぎりは、大人には一口サイズに見えるほど小さく、更に形もバラバラだった。
それがはずかしくて、つぶしてしまおうかと思ったが、『コレが良いんです!』と力説する松本の迫力に負け、ひとつひとつ重箱の卵の脇に詰めて行く
半分は海苔を巻いて、半分はごまをまぶした。
匂いだけはとてもおいしそうだ。

詰め終わった重箱…といっても卵焼きとおにぎりだけなので、一段だったが…をルキアがきれいに風呂敷で包んでくれる。
それを日番谷は受け取る。
自分が作った弁当だ。

『さぁ、隊長!そろそろ一護が空腹で死にそうですよ!急いで行ってあげてください!』
『重くないですか?わたくしが運びましょうか?』
『大丈夫だ…』

まだここに残って料理を完成させるという二人を残し、日番谷は急ぎ現世へと向かった。
できたての弁当を抱える日番谷の顔が少しほころぶ。
だが、すぐにその顔は曇ってしまった。

(こんな…こんなもん…あいつ貰ってもうれしくねーよな…卵…焦げてるし…)

とりあえず慌てて出て来たものの、急に不安になって足が止まってしまう。
じっと風呂敷を見つめ、とぼとぼと歩き出した。
晩ご飯は食べるなというメモを残してきたのだから、一護は言われた通り食べずに待っているだろう。
コレを持って行かなければ、食べる物が無い。
いや、どこか外に連れ出せばいいのだろうが、せっかくここまで頑張ったのにそんなのはくやしいし、手伝ってくれた二人にも申し訳ない気がした。

軽くため息を吐くと、決心したように日番谷は歩くスピードを上げ、一護の元へとむかった。
まだ温かい弁当が冷めないように、しっかりと懐に抱え直して。