『手作り弁当2』



『おっせーなー…あいつ…』

メモの通り、晩ご飯はいらないと遊子に伝えた。
そうしたら、やけに素直に引き下がり『お祝いは明日ね!』と遊子に言われた。
昼飯を食った後は、学校の帰りに買い食いもしなかった。
きっと日番谷が晩飯に何か考えてくれているのだろうという事は、どんなに鈍感なヤツでも分かるだろう。
今日は一護の誕生日なのだから。

ベッドに座って壁に背中をもたせかけ、ぼんやりと愛しい小さな恋人の事を考えながら、今日学校で友人達に貰ったプレゼントに目をやる。
机に無造作に積まれたそれらは、一護にとって確かに嬉しいものばかりだった。
新しい目覚まし時計や、音楽プレーヤー。
女の子達からは、手作りのジャムやお菓子までもらってしまった。どれもこれも自分の事を考えて選んでくれたものだと思うと、本当に自分は友人に恵まれていると感じる。
まんざらでもない気分で家に帰り、後は自分の誕生日を一番祝ってほしい人物を待つだけだった。

間もなく20時になろうかという頃、ずっと雑誌を呼んでいた一護は肩の凝りをほぐすように腕を大きく回した。
腹の虫がひっきりなしに鳴き、先程から水をがぶ飲みして耐えている一護は、そろそろいい加減何か少し腹に入れようか…と考え始めていた。

カラ…

頭が空腹の事でいっぱいだった一護は、後ろの窓が開いた音で急速に現実に引き戻された。
ふわりと部屋に侵入して来たのは、待ちこがれた恋人だった。

『冬獅郎!』
『…わりぃ…おそくなった…』
『いや…』

珍しく、遅れた事を素直に謝る日番谷に、一護は少々驚く。
いつもなら、一護のほうから『遅かったじゃないか』などと言おうものなら、『お前みたいな暇な学生とは違うんだ。オレは隊長だぞ!てめえみたいにお喜楽じゃねーんだよ!』と言い返され、すねられてしまう。
だが、今日の日番谷はやけに大人しく謝り、部屋に入った後も立ち尽くしたままで、そわそわと落ち着かなく少々緊張しているようだ。

『なんか…忙しかったんじゃねえのか?朝も早かったみたいだし…』
『いや…』
『あんましムリすんなよ?お前いつも忙しいんだから…疲れた顔してるぞ?』
『疲れてなんてねーよ…ただ…』
『ん?ただ…なんだ?』

下から顔を覗くように一護は日番谷と視線を合わせようとする。
だが、すぐに目は背けられてしまい、日番谷は少し一護との距離をとった。
そして、日番谷は居心地悪そうに目をきょろきょろ動かし、初めて来た他人の家でどうしていいかわからないといった時のように立ち尽くしている。
いつもなら、『床が冷たいからクッションを寄越せ』とうるさいものだが。

しばらくそうしていた日番谷だったが、ふと動きを止めるとゆっくりと一護の方を向いた

『一護…あの…』

日番谷が口を開きかけた時、机に積んであった一護の友人達のプレゼントがずれて少し崩れた。
がさりという音に、日番谷の視線がそちらへと移る。

『……』

机上を目にした日番谷は、一瞬目を見開いたがすぐに俯いてしまい、そのまま沈黙してしまった。
どうかしたのかと、一護は日番谷に少し近づく。

『冬獅郎?どうした?』
『………』

日番谷の小さな手には、きれいな風呂敷包みが抱えられていて、明らかにそれは弁当だという事が見てとれた。
だが、おそらくは誕生日の祝いにもって来てくれたのであろうそれを、日番谷は一護に渡そうとはせずに立ち尽くしたまま俯いている。
黙ったままの日番谷に一護がそっと声をかける。

『冬獅郎?それ弁当だろ?オレにくれんの?』
『…!こ…これは…』

はじかれたように日番谷は顔を上げ、もっていた風呂敷包みを隠すように背中に回す。
そしてじりじりと後ずさりをする。
だが、一護は更にずいっと近づき日番谷の目を見つめた。

『オレ、ちゃんとメシ食わないで待ってたんだぜ?買い食いもしなかったし。それオレにくれんだろ?すっげー豪華そうじゃん!どっかで買ったのか?それとも注文して作ってもらったのか?』

日番谷がまるで料理をした事が無いと知っている一護は、まさか日番谷が弁当を作る訳が無いだろうと思い込んでいるので、自分の為に豪華な弁当を買って来てくれたのだろうと予想した。
だが、それを聞いた日番谷は途端に青ざめ、今にも震え出しそうな様子で一護を見つめている。
そしてくるりと一護に背中を向けると、小さな声で呟いた。

『…わりぃ…やっぱ今日は帰る…。すまなかった…メシ食わせてやれなくて…この埋め合わせは必ずするから…』
『おい!冬獅郎?ど、どうしたんだよ』

来たばかりなのに、突然帰ると言い出した日番谷に、一護は慌てて呼び止める。
間一髪、窓から飛び出そうとした日番谷の体を掴み、部屋に引き戻す。

『うぁ!』

その時バランスを崩した日番谷の腕から、風呂敷包みがすべり落ちた。

『おっと…』

一護は器用に右手で日番谷を抱え、左手で包みを受け止めた。
日番谷は我に返ると一護の腕の中で暴れ始めた。

『は…はなせよ!…それ!返せ!』
『えー…オレ腹へって死にそうだもん…。これ、オレの為に持って来てくれたんだろ?』
『ダメだ!返せ!もうすぐ松本達が食いもん持ってくるから!それはオレが…っ!』

そこまで言って、日番谷ははっとしたように口をつぐんだ。
一護もびっくりしたように日番谷の顔を見つめている。

『もしかして…お前…これ…冬獅郎が作ったのか?』
『…う…うるさい!ん、んあわけねーだろ!いいから返せよ!』
『ホントに!ホントにお前が作ったのか?』

顔を真っ赤にして否定する日番谷だったが、かえってそれが肯定を示しているのがわかっている一護は満面の笑みで聞き返す。
しばらくは否定して暴れていた日番谷だったが、観念したようにため息をつくとぶっきらぼうに答えた。

『……だったらなんだよ!』

一護はしっかりと抱えた風呂敷包みを見つめ、嬉しそうに何度も日番谷に確認した。
返してもらえないと分かった日番谷は、諦めて一護のベッドにあぐらをかき、開き直ったようにふてくされてしまった。
そんな日番谷を尻目に、一護は早速風呂敷を開け始める。持ってみてわかったのだがまだ温かい。
こちらをちらちらと気にしている恋人を目の端に入れながら、風呂敷の中から出て来た漆塗りの美しい重箱の蓋を開けた。

中には形が不揃いの小さなおにぎりがいくつか。
それから、お世辞にも上手とは言えない卵焼き。

だが、そんな豪華とは言えない中身を確認した一護は、とても嬉しそうに目をキラキラさせている。
とうとうふたを開けられてしまった日番谷は、あまりの恥ずかしさに目をそらしてしまう。

『なぁ…これ食ってもいい?』
『…だめだ』
『なんでだよ…』
『ダメったらだめ』

先程日番谷が見てしまった、おそらくは学校の同級生の女の子から貰ったのであろうお菓子。
どう見ても手作りにしか見えないそれはとても美味しそうで、きれいにラッピングされていて、日番谷は気後れしてしまった。
こんな失敗作の様な弁当を見られたら…、あのお菓子達と比べられたら…。
急に自分の作った物が情けなくなってしまい、一護の前から消えたくなったのだ。

そして激しい後悔が襲って来た。
やっぱりこんな事やめれば良かった。
適当なプレゼントを用意して渡しておけばよかった。
早くこんなもの始末して、それなりの物を食べさせてやった方が良かったはずだ。
一護はこんな弁当喜んでくれない。

そんな事をぐるぐると考えているうちに、一護の手は日番谷が握ったおにぎりを掴んでいた。
半ば諦めてはいたが、いざ一護が自分の作ったものを口にしようとするとさすがに止めずにはいられない。

『あ!てめえ食うなって言っただろ!』
『あ…?ぅん…うまいぞコレ!』
『……』

一護は小さなおにぎりを一つ、あっという間に食べてしまった。
指についた米もきれいに食べて、満足そうに笑った。

『ま…まずくない…のか?』

おそるおそる日番谷が問うと、一護はきょとんととした顔をして不思議そうに日番谷を見た。

『お前…まさか、コレがまずいんじゃないかって、オレが不満でも言うと思って帰ろうとしたのか?』
『……だ…だって…こげてるし…形変だし…それに…、オレ…料理なんて…した事ないし…』

最後は消え入りそうな声で、下を向いた顔は真っ赤だ。肩までふるわせている。

よく考えれば、松本が炊いたごはんにルキアが買って来た明太子。
海苔は朽木家にあったものだ。
どう考えてもまずくなる訳がない。

一護はたまらなくなって、そんな可愛い心配をしていた恋人の頭を引き寄せ、額にキスを落とす。
そして、不安に揺れる翡翠を覗き込み言い聞かせるように言った。

『ばーか!そんな心配すんなって!多少まずくたって、他でもない冬獅郎が始めて作った飯だぜ?嬉しくない訳ないじゃん!』
『一護…』
『ほらお前も食うだろ?うまいぜこのおにぎり』
『あ…うん…』

思い返せば、日番谷は朝みかんを食べたきり何も食べていない。料理をするので精一杯で空腹なんて感じる暇もなかった。
一護から、おにぎりを受け取り一口食べてみる。
おいしかった。
日番谷には明太子は少し辛かった。
だが、腹が減っていた事もあり、すぐに胃におさめてしまった。
一護は、そんな日番谷を優しい目で見ていたが、弁当の中にもう一つ、卵焼きがあるのを思い出して手づかみでひとつ取った。

『……』

これはまずかった。
焦げているから苦いし、じゃり…という音がしたから、殻を噛んだのだろう。
だが、味付けは食べられないほどではないし、無関心を装いながらも心配そうに視線を向けてくる日番谷が可愛くて、まずいなんて言える訳もなかった。
だが、一護の微妙な反応に日番谷はがっくりとうなだれる。

『…まずいんだろ…』

ぷいっとそっぽを向いて日番谷がつぶやいた。

『食えるって!た…確かにうまくは…ないけど…でもお前初めてつくったんだろ?上出来だよ!』
『………』

振り向いた日番谷は、少しほっとした顔をしたが、やはり美味しくはなかったという事実に、ショックを受けているようだ。

『もう…いいよ…食べなくて…おにぎりだけ食えよ…』
『ばぁか!全部食うって!残すもんかよ』

再び弁当に手を伸ばした一護は卵焼きを口へと運ぼうとした。

『……ごめん』
『… ……は?』

日番谷の謝罪の言葉。
突然謝りだした日番谷に、一護の目が点になる。卵焼きを持ったまま動きが止まってしまう。

『一護に…プレゼント何やったらいいかなんて…わかんなくて、オレ…そーゆーの苦手だし、朽木に相談して、こんなもん…作ったけど…やっぱ…失敗だった…』
『な…なに言ってんだよ!失敗なんてしてねーじゃん』
『でもまずいんだろ?』

恨みがましい目で見上げて来る日番谷に、一護は一旦卵焼きを重箱に戻し深呼吸した。
がしがしと手を拭き、日番谷の肩をがっちりと掴んだ一護は真剣な顔で日番谷に言い聞かせる。

『あーもう!冬獅郎!良いかよく聞け!オレは、別にうまいもん食いたいとか、気の利いたもん貰いたいとかなんてこれっぽっちも思ってねーんだよ。オレには冬獅郎が一生懸命オレの為にこの弁当を作ってくれた事実が、それが何よりも嬉しいんだ』
『いちご……』
『それ…これ作って怪我したんだろ?そんなにまでして作ってくれたなんて、オレてばちょー幸せもんじゃん!』

一護はいいながら、日番谷のばんそうこや包帯だらけの指を両手で優しく包み込んだ。
そして、満面の笑みを日番谷に向ける。

『ありがとう!冬獅郎』
『…あ…うん…あの…』
『ん?』

一護に両手を包み込まれたまま、日番谷は一護を上目遣いに見上げて今日一番言いたかった事を伝える。

『一護…誕生日おめでとう…』
『ありがとう…』

真っ赤になって、俯きながらやっとの思いで紡ぎだした言葉。
一護はたまらなくなって、日番谷の小さな体を力一杯抱きしめた。
最初は硬直していた日番谷だったが、おずおずと一護の背中に手を回し、大好きな一護の胸に顔を埋めた。

一護の部屋の外では、霊圧を消して様子をうかがっていた松本とルキアが、一護の部屋に侵入する機会をうかがっていたのだが、どうやらここで入るのは野暮というものだ…と、作って来た弁当は明日二人に食べさせる事にして、今日のところは引き返す事にした。

とても邪魔出来る雰囲気ではない二人はしばし抱き合っていたが、日番谷のお腹が可愛らしくなった事でやっと離れた。
一護は美味しいおにぎりと、美味しくはない卵焼きをきれいに平らげ、日番谷は一護が学校で貰って来たお菓子を美味しそうに食べた。

その後、二人で散歩にでて、夜遅くまでただ歩いた。
公園や川辺、町中を歩き回った。
月がきれいに出ている夜、しっかり繋がれた手はひとときも離されることは無かった。