『展望台』

『すっげーでっかいなー……』
『あ、あのビルか?』

目の前にそびえ立つ高層ビルを見上げながら呆れたように冬獅郎はつぶやいた。
一護にしてみれば見慣れたものだが、言われて改めて見ると異様な建物なのかもしれない。
外からは見えないのに、あの中に何百、何千という人間が働いたり、買い物したりしていると考えるとなんだか一護は不思議な気分になった。

『人間てのは面白いもん作るんだな』
『ビルが面白いんか?』
『なんであんなに高くすんだよ、それに別に縦に伸ばさなくても他に作ればいいだろ?』
『まぁ…縦に土地を使えば安く済むからな…大変なんだよ人間は』

説明するのも面倒だし、きちんと理由を付けて話せる自信なんて一護には無かった。
話をそらそうと話題を探す一護の横で、冬獅郎はビルを下から上まで何度も視線を行ったり来たりさせている。
一護もつられてビルを見上げ、何かを思い出したように
『冬獅郎!ビルん中入ろうぜ?』
『え?なんで…お前なんか用事でもあんのか?…だったらオレにかまわず…』
『用事なんてねぇよ!それより冬獅郎!あそこ展望台あるんだぜ?』
『てんぼーだい?』
『ビルの最上階だよ。高いとこから眺める景色は…ってお前飛べるんだった…ついでにオレも……』
『お前…なに独り言いってんだ?』

一護としてはせっかく思いついたデートコースだったのだが、冬獅郎は死神だから、別に普通に飛べるし、自分も死神化すればいい話で…。
少し落ち込んでしまった一護を冬獅郎がいぶかしげに下から覗き込んでくる。
しばしうつむいていた一護だったが、気を取り直したように顔を上げ、

『冬獅郎!せっかくだから行こう!今日は晴れてるからすっげー景色いいんじゃね?たまには人間の目線も体験ってことで!いってみようぜ?』

立ち直って前向きに発言した一護に冬獅郎は軽く一瞥をくれると。

『別にいい』

と、素っ気ない返事を返してきた。
しかし、一護もせっかくの冬獅郎とのデートだったので、普通の恋人たちのようなデートコースを回りたかったし、一度見たことのある展望台からの街並みを冬獅郎と二人で見下ろしたかった。

冬獅郎をその気にさせるには、優しい言葉や説得は逆効果、と付き合い始めてすぐに分かっていた一護は、逆に冬獅郎を逆撫でするような言葉を選ぶ。

『なんだよお前怖いのか?』
『ばか!怖い訳ないだろ!』
『だよな?じゃあ行こうぜ?』

と、挑発的に笑ってみせれば、冬獅郎はムキになって一護の誘導に簡単にひっかかってくれた。
当の本人は『高いとこが怖い訳ねぇだろ?オレは死神だぞ』などとぶつぶつ言いながら、一護を先導して歩き始めている。
そんな後ろ姿を苦笑まじりに眺めながら後を追う一護。
追いかける一護を振り払うように歩くスピードを上げる冬獅郎は、ビルの入り口の回転ドアの前で多少うろたえながらも、するりと回転ドアへ入り、ビルの中へ入って行く。
ドアをくぐった冬獅郎が後ろを振り返り、一応一護がちゃんとついて来ているかどうかちらりと確認している。
そんな仕草が可愛くて、続けてドアを通り抜けた一護が、小さな背中に手を回そうとすると、あっさり手は振り払われた。

『ったく…別にいいじゃねーかよ!』
『ばかか!こんなに人がたくさんいるのに恥ずかしくねぇのか?てめぇは…』
『なんではずかしーんだよ!付き合ってんじゃんオレ達…恋人同士だって!』
『………ばっ』

あっけらかんと恋人宣言をする一護に、冬獅郎は怒ったように何か言い返そうとしたが、言葉は出ず、怒ったような表情はしているものの、顔が真っ赤になっていて、口がぱくぱくしているだけだ。
可愛い自分の恋人が照れてしまって、言葉も出なくなっている姿に一護は

『ほんと可愛いなお前』

といいながら、自分の胸の辺りまでしか届いていない冬獅郎の頭をぽんぽんとたたいた。

『頭たたくなよ!』

またしても一護の手を払いのけ、冬獅郎はビルの奥へと足早に進む。

『おい!冬獅郎!迷子になんぞ!』
『ばーか!それはお前だろ!』

慌てて一護も後を追い、機嫌を損ねてしまった恋人が迷子にならないようすぐに横に並んで歩く。

『冬獅郎!こっちだ!』

展望台入り口と大きく書かれた看板の脇にあるエレベーターホール。
エレベーターは3つ程あった。
平日ということもあり、自分たち以外にはエレベーターに乗る人間はいないようだ。

『これに乗るのか?』
『ああそうだ 乗ったことないのか?』
『ない』

きっぱりと言い切る冬獅郎。
通常は知らないことがあるのが悔しくて、ごまかしたり、言い訳をする傾向のある冬獅郎だったが、一護の前では割と素直に受け答えをするようになった。
一護にはそれがこの上も無く嬉しい。
意地っ張りで強情で頑固で我がままだけど、自分にだけ見せてくれる素直さがたまらなく愛おしいと、一護は思う。
たったこれだけのことで喜べる自分も簡単な奴だとは思うが、それだけこの天才児の性格は扱いづらい。
松本などの大人からすれば、冬獅郎の扱いは慣れたもので、『えー?隊長?とっても分かりやすいわよぉ?』と、一護が冬獅郎の性格について愚痴った時に笑われたものだが…。
なにしろ16年しか生きていない自分にとっては見た目は似たようなものでも妹達を扱うのが精一杯だ。
だからこそこの小さな隊長に一護は惹かれた。
大人顔負けの戦闘能力とずば抜けた才能、頭脳明晰で判断力にも長けている。
なのに死神の仕事以外での冬獅郎はといえば、本当にただの子供になってしまい、最初は一護をだいぶ驚かせたものだった。

たがてエレベーターが一階に到着し、中から既に展望台を堪能してきたと思われる2組のカップルが出てきた。
案内され、エレベーターに乗り込んだ二人。

『貸し切りじゃん』
『空いてるんだな』
『平日だからなー、良かったじゃん!休みの人かだったらぎゅうぎゅう詰めだぜ?』
『ふーん…』

展望台まで直通のエレベーターが動き出す。
狭い箱のなかでそわそわし出した冬獅郎。
小さな箱が勝手に動き出すのが不思議なのか、自力でない力で重力に逆らって上昇して行く感覚が気持ち悪いのか…。
一護はどんどん増えて行く階数の数字を眺めていたが、ふと視線を落とすと
冬獅郎がなにが見える訳でもないのにきょろきょろしていた。
このエレベーターは展望台の景色を楽しんでもらう為に、乗っている間は外が見えないようになっている。
代わりに、カラフルな明かりが幻想的な空間を作り出している。
その明かりを大きな瞳に映しながら、小さく両手を握りしめているのが見える。

すっと冬獅郎の肩に腕をまわし安心させるように少しだけ自分の身体へ引き寄せる一護。
一瞬冬獅郎の肩がピクっと震えたが、すぐにおさまり、

なんだよ

という目が一護を見上げてきたが今度は腕を振り払われなかった。
どうやら少々怖いらしい。

死神で戦闘モード以外の冬獅郎は本当にただの子供のようだ…と
一護は思った。
こんなことを口で言ってしまったら何度殴られるかは分かったものではないが…。

最上階に着き、エレベーターの中が明るくなる。
扉が開いて狭い箱から出ると、少しほっとしたような表情になる冬獅郎。

(やっぱり怖かったのか)と少し微笑ましくなる。
そんな仕草をされると、思わず抱きしめたくなるが、さすがに平日とはいえ、展望台はそれなりに人がいて、一護は諦めざるを得なかった。
気を取り直し、周りを見渡している冬獅郎に声をかける。

『ほら冬獅郎!あっちだ』
『あ あぁ……』

大きなガラスの向こうは晴天のおかげで想像以上に遠くまで見渡せて、
一護も少々驚いた。
一面のガラスに近づき、手をついて下を覗き込んでみる。
車が豆粒みたいに見えるし、さっきまで自分たちがいた向かいの道路もとんでもなく細く、人なんて目を凝らさないと分からないほどだった。
大丈夫だとわかってはいても多少足がすくむ。

『うわ……』

冬獅郎が一歩後ずさった。

『すげーなー!すっごい遠くまで見えるぜ!なぁ冬獅郎!』
『………』

更にもう一歩後ずさり。
普段あんなに飛んだり跳ねたりしているくせに…やはり義骸の場合感覚がかわるのだろうか?

『ん?冬獅郎怖いんか?』
『ばばば、ばか!んな訳ねーだろ!こ、こんな景色見たって別に…つ、つまんねーし!もう飽きたからいい!』
『そんなこと言うなよ ほらあっちとか山まで見えんぜ?うわ!真下とかまで
見れんじゃん!さすがにこえぇなー』

このビルの展望台は下階より少しせり出していて、その部分に床がガラス張りになっている場所がある。
一護はその小さなガラスを覗き込み、下を見た後にふと冬獅郎に視線をやると、
少しだけ顔色の悪くなった子供が立ち尽くしていた。

『……』

どうやら本当に怖いらしい。
でもせっかくここまで来たんだから…と一護は冬獅郎へ向き直り、

『おいで』

手を差し出して優しく微笑んだ。

『いい』

だまって手を冬獅郎にむけたまま微笑み続ける一護。

しばらく一護の手と外の景色を交互に眺め、うつむいて逡巡していた冬獅郎だったが、

『………は…はなすなよ…!』

そっと伸ばされてきた小さい手を優しく、でもぎゅうっと包み込むように握る。

『あっちも行ってみよ?』
『うん……』

まだ怖がってはいるようだったが、一護の手のぬくもりに安心したのか、徐々に外の景色に興味を持ち始めた様子な恋人に自然と一護の顔が綻んだ。

『なー あっちのあのでっかいビルなんだ?』
『あーあれ、こないだニュースでやってたやつじゃん?なんかでっかいマンションらしーぜ?』
『あんな高いとこに住むのか?』
『金持ちは高いとこが好きなんだよ』
『ふーん…降りるの大変じゃねえのか?人間なのに…』
『…だからさっきのエレベーターとか使うんだよ…』
『あんなのに毎日乗るのかよ…』

先ほどの気持ち悪い閉所を思い出したのか、顔をしかめる冬獅郎。
だが、すぐに反対側の窓へと興味を示し、そちらへ向かう。

しばらくあれは何だ、そっちのバカでかいのは何だとすっかり怖がる様子もなくなった冬獅郎。
気がつけば一護の手を引っ張るように歩いていて、すっかり一護が振り回されていた。

(ほんっとにこいつは子供だな…)

なんて思いながら自分を先導して歩く冬獅郎の小さな背中を見つめる一護。

最初は興味無いような素振りを見せながらも
興味を示しだすと好奇心を満たすまで没頭する子供

思い描いていたデートとはちょっと違うけれど。
たくさん色んな場所につれてってやろうと思う。

これでは恋人と言うより保護者みたいだ…心の中で軽くため息をついた。

なんて思いながらも次ドコ行こう?なんて考えるのが楽しくて。
いつまでも一緒にいられるなんてことはあり得ないから…。
一緒にいられる時間はとても大切にしたいと思う。

『おい!一護!聞いてんのか!』
『あ わりぃ…考え事してた』
『なんだよ!』
『ごめん!で なんだ?』
『夜になったらきれいなのかと思って……』
『ああ だな きっとすっげーきれいだぜ?』
『…こんど 夜連れてけ…』
『おう!もちろん!ってか冬獅郎さ 今から少し時間つぶしてくれば夕焼け見れるんじゃねえか?』
『…ん、そう…だな』
『そうすっか、あとでまたこよーぜ!』
『…うん』

少しはにかんだ様に冬獅郎が笑った…気がしたのは一護の見間違いだろうか。
いいや…きっと笑ってくれたと一護は信じることにして、自分は思いっきり小さな恋人に向かって微笑んだ。

繋いだ手はまだほどかれてはいなかったが、展望台から降りるエレベーターの前で冬獅郎にあっさり離されてしまった。
がっかりして肩を落とす一護だったが、再び二人きりのエレベーターの中、動き出した箱の揺れにつられ、少しバランスをくずした冬獅郎が一護の方へ倒れ込んできた。
そして、そのまま冬獅郎は一護から離れず、支える為に背中に回された手を払うこともせず、一護の胸に寄りかかりうつむいている。
その小さな耳は真っ赤に染まっていて、一護は途端に自分の鼓動が早まるのを感じた。
そっと空いている手で冬獅郎の頭を撫でる。
そのまま手を頬に降ろしたとき、冬獅郎の身体がぴくんと跳ねたが、かまわず顎を優しく掴んで上を向かせた。

早くしないと一階に着いてしまう。
きれいな翡翠色の瞳を幻想的な明かりの中でもう少し見ていたかったが、地上についてしまってはせっかくのチャンスが遠のいてしまう。

一護は冬獅郎の背中を抱き寄せ、自分の上体をかがめ、もう一度桜色に染まった頬を撫でると、小さな唇に自分のそれをそっと押し付けた。

すぐにふわっとした感覚と、一階へ到着した合図の『チン』という音がした。
はっとして一護から離れる冬獅郎。
と同時にエレベーターの扉が開いた。

足下を見つめながらさっさと出て行く恋人を、なんともいえない幸せな気分で一護は追った。

並んで歩きながら、

『な、冬獅郎?あとでまたキスしよ?』
『ば…ばか…!』

またしても真っ赤になってしどろもどろになる愛らしい恋人の手を掴み、一護はお気に入りのファーストフード店へ向かう。

離せだのバカだのと背中から聞こえてくるが、今の一護にはそんなことはどうでも良かった。
頭の中は次のキスのことでいっぱいだったから…。

 

その後夕日見て飯食ってまた夜景見て帰りましたとさ

 

 

ビルは大好きだー…展望台は怖いから嫌だー…。
なんだか取っても情けないチビになっていて、自分であきれかえりましたw