『雪うさぎ2』

次の日朝、いつもより早めに起きたオレは、窓の外を見て大きなため息をついた。
すぐにあの小さな天使が、悲しそうな顔で見上げてくる姿を想像し、憂鬱な気分になる。
しかし、いつまでもお寝坊な冬獅郎を寝かせておく訳にもいかないし、放っておいてもいずれはばれてしまうことだ。
とにかく、いつも通りに睡魔に気に入られてしまった天使を起こすことにする。

『冬獅郎!朝だぞ!ほらもう起きろ!冬獅郎ー!』

冬獅郎は、一度寝たら自力で目覚めることはほとんどない。
毎朝起こすのだけで一仕事だ。
ベッドの上を転がりながらうんうん唸っているだけで、なかなか目を開けてくれない。
そして近づきすぎるのも危険で、気をつけていないと、小さな足や腕が容赦なくオレの顔面に飛んでくる。
それらをひょいひょい避けながら、軽く頬を叩いたり、頭をぐりぐりしたりして根気強く起こすのだ。
とっくにオレを含めた家族全員が朝飯を終え、一息も二息もついたというのに…。
夏梨なんかは、もう既に外へ遊びに行ってしまっている。

カーテンの隙間から、まぶしい光が室内に細く伸びている。
オレはもう一度小さくため息をつく。
昨日から降り始めた雪は相当積もるかと予想されたが、夜も早いうちにやんでしまい、ほとんど積もることはなかった。
昨日あんなに雪だるま作りを楽しみにしていた冬獅郎だったので、起こして現実を見せるのは可哀想ではあったが、だからといっていつまでも寝かせておく訳にはいかない。
それに、ちょっとしたサプライズも用意してあるのだ。

『もー!はやくしねぇとお前の朝飯食っちまうぞ!』
『ふぅ…ぁあ…?』
『ったく…』

寝言のような、欠伸のような不可解な言葉を発しながら、なんとか目を開けようと必死な冬獅郎。
そんな姿に苦笑しつつ、もう待っていられず、とうとうオレはあったかい小さな身体を抱き上げた。

『ふぁ…いち…ご?……おあよぅ』
『おはよう、冬獅郎』
『ふぁぁ…』

小さな口を大きく開けて盛大な欠伸。
愛らしいその姿にオレは思わず頬ずりをした。
視点が定まり、やっと周りが見えるようになったらしい大きな目で、きょろきょろと当たりを見回す冬獅郎。

『どした?』
『いちご!ゆきは?』
『あぁ…』

やっぱり、だいぶ楽しみにしていたようだ。
気が進まないが仕方ない…。
オレは冬獅郎を抱っこしたまま窓際へ寄り、カーテンを開け、鍵を外して窓を開けた。
途端に吹き込む冷たい風に冬獅郎は首を竦ませ、オレの服をぎゅっと掴んでくる。

『さむ……ぃ…あ……!』
『晴れちゃったな……』

オレの服をしっかり握りながら外を見た冬獅郎が、がっかりしたような声を出した。
既に青空には太陽が照っていて、昨夜降り積もった雪をどんどん溶かしていた。
気温は上昇し、道路の雪はすっかり溶けて濡れただけになっているし、屋根からはぽたぽたと雪溶け水が滴り落ちている。

『とけちゃった…?ゆきすこうししかない……』
『だな…』

一生懸命首をのばし、雪を探す冬獅郎だったが、雪は庭の日陰に残っている程度だった。

『これじゃ雪だるまつくれないよぉ…』
『……うん』

あんまりにも悲しそうに項垂れてしまった冬獅郎に、オレはなんて言っていいか分からず、小さな身体を抱きしめ、冷たい風の吹き込んでくる窓を閉めた。
少し冷えてしまった冬獅郎に上着を着せかけ、ベッドへ座らせる。
大人しくされるがままの冬獅郎に、オレは元気づけるように声をかける。

『残念だったな…でもまたきっと降るよ!こんなに毎日寒いんだしさ!』
『ぅん…』

しゅんとしてしまった冬獅郎には、オレの言葉もあまり効果はないようだ。
実は、昨日オレが寝る前に外を覗いた時には雪はやんでしまっていたので、こうなることは予想できた。
だから、夜のうちに冬獅郎の為に作っていたものがあるのだが、こんなに落ち込んでしまっていては、喜んでくれるかどうか分からない…。
溶けないように日陰においておいたのだが、早くしないとさすがにそれも溶けはじめてしまう。
努めて明るい声でオレは冬獅郎に言い、ふっくらした頬に両手を当てた。

『冬獅郎!お前にプレゼントがあるんだ』
『ぷれぜんと?』

オレの手に小さな手を重ねながら、首を傾げてたどたどしく問い返してくる。
プレゼントという言葉で、多少は冬獅郎の顔が明るくなったが、まだ悲しそうでオレまで辛くなる。
とりあえず、急いでアレをみせてやりたい。

『あぁ、でも早くしないとなくなっちゃうから、急いでご飯たべてくれるか?』
『なくなるの?きえちゃうのか?』
『うん、きっと早く早くって冬獅郎のこと待ってるよ!』
『とーしろーのこと待ってるの?』

だんだん冬獅郎の目がきらきらしてきた。
きゅっとパジャマの袖をつかんで胸の前に持って行き、期待するようにオレを見上げてくる。
とてつもなく可愛いその姿に、オレも早くプレゼントを見せたくて、冬獅郎をせかし、服を着替えさせる。
晴れたとは言っても外はとても寒いので、いつもより一枚厚着させた。
もこもこになった冬獅郎を連れ、洗面所へ。
顔を洗ってやって、リビングへ向かう。
ドアを開けると、遊子が振り返り、笑顔で挨拶をしてくる。

『あ、冬獅郎くんおはよ!パン今焼けるからね』
『お…おはよ』

オレたちのやかましい足音で、遊子がちょうど良いタイミングで冬獅郎の朝ご飯を用意してくれていた。
遊子のあいさつに、少したじろぎながらもきちんと挨拶を返した冬獅郎。
良く出来ましたと、頭を撫でてやると少し恥ずかしそうに微笑んだ。

焼けたパンに、冬獅郎の好きなイチゴジャムをたくさん塗ってやり、手渡すと小さな手でつかんだそれに思いっきりかじりつく。
あっという間もなく、手も口の周りもジャムまみれだ。
何度拭ってやっても同じなので、冬獅郎の手からパンが離れるまで待つ。
パンに飽きて、ココアに手が伸びようとしたところで顎を掴んでこちらを向かせ、ほっぺにたくさん付いたジャムを指で拭い取り、オレはそれを舐めた。
食パン一枚を平らげ、満腹でふうっと息をついた冬獅郎を横目に見ながら食器を片付ける。

『よし!冬獅郎!外行くぞ!』
『うん』

嬉しそうにオレについてくる冬獅郎の手に手袋をはめ、首にはふわふわの毛糸のマフラーを巻いてやって、外へ出る。
やはり日が出ていても、昨日あれだけ雪が降っただけあってかなり寒かった。

『さむいなー』
『さむいぁー』
『冬獅郎!こっちだよ』

オレは手招きをして、冬獅郎を先導して歩いた。