『雪うさぎ3』

普段はあまり行かない家の裏手に、オレは冬獅郎を連れて向かった。
まだ溶けてないで残ってくれているといいのだが…と多少不安になる。
角を曲がり、先を歩いていたオレは、目的の物がまだちゃんと溶けずに残っているのを確認して振り返り、冬獅郎をふわりと抱き上げた。
突然高くなった視界に、冬獅郎はびっくりした声をあげる。

『うぁ…!いちご!なに?』
『へへ…冬獅郎?目つぶって?オレがいいって言うまで開けちゃだめだぞ?』
『めつむるの?』
『ほら』

ぎゅっと冬獅郎の可愛い目が閉じられたのを確認し、オレは冬獅郎を前に立たせ、後ろから支えてやった。
軽くよろけつつも、しっかり立った冬獅郎。

『よしいいぞ!目開けて?』
『ん…』

そーっと閉じられた瞼を開ける冬獅郎。

冬獅郎の目の前、足下には二つの雪の塊。
一つはオレの手のひら程の、一つは冬獅郎の手のひら程の。
二つの真っ白な雪うさぎ。

『わぁぁ…うさぎ?これゆきでつくったうさぎ?ねぇ!いちご!』

雪で出来た小さなうさぎを目にした冬獅郎は、一瞬オレを振り返ったが、興奮した様子で、二つ並んだまぁるい雪うさぎの元へ駆け寄り、あちこちから眺め、その周りをぐるぐる回っている。
その嬉しそうな様子にオレはほっとした。
あんなに雪だるま作りを楽しみにしていたから、こんなうさぎなんかじゃ喜んでくれないかも…と内心不安だったから…。
しかし、オレの心配をよそに、『すげー!』とか『これ、いちごとおれ?』とか
とてもはしゃいだ様子で、声を弾ませている。

と、その時、屋根から雪解け水が冬獅郎の頭にぽたっと落ちた。

『うぁ!つめたーい』
『だいじょぶか?』

オレは直ぐさま駆け寄って冬獅郎のふわふわの髪を拭いてやる。
頭に手を乗せたまま、冬種郎はオレを見上げ、少し寂しそうな顔をした。

『おれはへーき…ね…いちご?』
『ん?なんだ?』
『このうさぎも、もうすぐとけちゃう?』
『…あ…そうだな…』
『かわいそう…』
『ん…しかたないよ』

うさぎのそばにしゃがみ込んで、小さな手で二つのうさぎを交互に撫でている冬獅郎。
そんな姿に、オレはなんとかならないかと頭をひねった。
ふとひらめいて、オレは手をポンと叩く。
……そうだ、あそこなら…。

『冬獅郎!うさぎ達、家の中連れて行こうぜ!』
『いえのなか?…だっていえはあったかいじゃんか。とけちゃうよぉ』
『だーいじょうぶ!オレに任せとけって!ほら、冬獅郎の大好きなアイスがはいってるとこ!』
『…アイス?……あ!』

アイスと聞いてしばらく考え込んでいた冬獅郎が、立ち上がってぱぁっと顔を輝かせ、嬉しそうに笑う。

『よし早速持って行くぞ?冬獅郎ちっちゃい方持ってくれるか?』
『うん!もつ』

再び、冬獅郎はしゃがみ込み、雪うさぎに『おひっこしだよ』と可愛らしい言葉をかけ、そーっとそーっと壊さないようにうさぎを地面から拾い上げる。
オレは大きな方のうさぎを、壊さないように持ち上げた。
昨夜、ぎゅうぎゅうに固めて作ったおかげで頑丈に出来上がっていて助かった。
冬獅郎はといえば、本当に大事そうにうさぎを両手に乗せて、真剣な顔をしてゆっくり運んでいる。
あまりにも真剣なので、思わずオレは笑ってしまった。

『冬獅郎!お前うさぎとにらめっこしてるみたいだぞ?』
『…え?…』

オレに笑われていたのにも気づいてなかったのか、きょとんとした顔でオレを見る冬獅郎が『なに?』と聞き返してくる。

『なーんでもねぇよ。』
『なんだよぉ!』
『ほら、落としちまうぞ!早く行こうぜ』
『あ、うん!』

二人でなんとかうさぎを無事に家の中まで運び込むことに成功した。
後は、黒崎家のルールこと、遊子に見つからないように冷凍庫へ入れるだけだった。
幸い遊子は2階の部屋の掃除をしているようで、上から掃除機の音が聞こえてくる。
顔を見合わせたオレ達は、チャンスとばかりに事を急ぐ。

『よし!今だ!』
『おう』

冬獅郎用にリビングから椅子を持ってきて、片手で乗せてやる。
その間にも雪で出来たうさぎはだんだんと溶け始めていて、手袋が濡れてくる。
冷凍庫をあけ、入っていた冷凍食品や、アイスクリームなどの中身を脇に寄せ、二つの小さなうさぎを並べた。

『ここならとけない?』
『まぁ、ずーっとってわけにはいかないけど、だいぶ保つだろ』
『よかったね!うさぎさん』

冬獅郎に、にっこりと微笑まれている相手がオレじゃなくてうさぎなのが少し悔しい。
冷凍庫をあまり開けっ放しにしていると、他の食材も溶けてしまうので、そろそろいいだろうと扉を閉じる。
無事にうさぎの引っ越しは済んだ。

『ねぇ…またあとでみていい?』
『あぁいいぞ、また後でな』
『うさぎさんの新しいおうちだ』
『だな、ちょっと狭いけどな』
『いちごのへやもせまいもんな!』
『しゃーねーだろ!お前と一緒なんだから』

子供らしい無邪気な発想にオレの頬も緩むが、すかさず憎まれ口を叩くあたりが冬獅郎らしい。
椅子を片付け、上着を脱いであったかいココアを作って飲むことにした。
冷えた体にしみ込んで、心地よい。
ゆっくりココアを飲んでいるオレとは違い、あっという間に飲んでしまった冬獅郎がおかわりを要求してきたが、飲み過ぎると昼ご飯が食べられなくなるので、もう無くなったと言っておいた。

昼まではまだ少し時間があるので、部屋へ行ってオレは宿題を、冬獅郎はお絵描きをすることにした。
冬獅郎は大きな画用紙に、先程の雪うさぎを描いているようで、白い画用紙に、白いクレヨンをこれでもかと塗りたくっている。
しばらく二人でめいめいの仕事をやっていると、一階から遊子の悲鳴と、続いて大きな怒声が聞こえてきた。
昼ご飯を作るのに、冷凍庫を開けてしまったようだ。

『こらぁ!!!おにぃちゃん!冬獅郎くん!冷凍庫に雪なんかいれちゃだめでしょー!!!!』

二人してきょとんと顔を見合わせると、冬獅郎も『しまった』という顔。
ちぇ…案外見つかるのが早かった。
オレと冬獅郎の大事なうさぎが、こんなにすぐに壊されてはたまらないので、オレはあわてて下へ降りると遊子へ一生懸命説明をした。
すぐ後から冬獅郎もついてきて、階段の脇から様子を伺っている。
オレから事情を聞いた遊子は、『そういうことなら…』とすぐに許してくれて、二つの小さな雪うさぎは、しばらく冷凍庫の中に住むことが許された。
一日数回しか会いにきてやれないが、きっと喜んでくれているだろう。
なによりも、冬獅郎がこのうさぎを目にするたびに見せる、愛らしい笑顔を見れるのがオレはとても嬉しかった。

願わくば、ずっとずっとこのままでうさぎをとっておきたかったが…。

3日後、寝ぼけたオヤジがアイスと間違えて夜中に食ってしまったなんて……冬獅郎には口が裂けても言えないことだった。

それからというもの、オレは毎晩のように『雨乞い』ならぬ『雪乞い』を続けているのだった。